日常の中に

田近 夏子

「本当の旅の発見は新しい風景を見ることではなく、新しい目を持つことにある。」あまりにも有名な言葉かもしれませんが、マルセル・プルーストの残した言葉です。コロナウイルスが世界中に蔓延し、未知の見えない相手に人々は戸惑い、手探りでこの状況の改善を目指してきました。この言葉は混乱の最中にあった、緊急事態宣言中に見つけました。連日の感染者の増加、各国の状況、SNSに溢れる不安感…。そんな色々なしがらみから抜け出して、リセットできるのが、「旅」でしたが、それも不可能になり、テレビやネットなどの情報からだけでなく、ピリピリと漂う街の緊張感に疲弊しきっていました。

私はバックパッカーでもなければ、旅を特段趣味にしているわけでもありませんでしたが、コロナウイルスによっていざ行動が制限されると、自由に移動できる、日常と異なる場所へ赴くことができる幸せを感じていました。そんな最中で見つけたこの言葉は、視野が狭くなっていた私に気づきや冷静さ、安心感さえも与えてくれました。プルーストが伝えたかった解釈とは異なるかもしれませんが、私には「新しい風景が見られなくとも、日々を新しい目で見ることで発見があり、それが本当の旅と呼ばれるものにもなり得る」と、言われているようでした。ずっと抜けなかった肩の力がすっと抜けて、住む街の景色や人々の営み、家々に差し込む光、そよぐ街路樹までもが、細部まで鮮明にかつ新鮮に写り、視界が開けていきました。2021年はこの言葉と共に、日々身の回りを根気よく見つめ、撮影を重ねていました。行動が制限された日常と呼ぶ範囲内で、非日常的な瞬間を目の当たりにすることがあります。それは、具体的に、自然がもたらしたものであったり人為的なものであったり、空気や光、もっと感覚的なものだったりします。日常に馴染もうとしたそういうものを抽出し収集しているように撮影をしていて感じました。コロナウイルスの発生から、元々の日常生活を送ることが難しくなり、非日常的とも言える事柄や行動が増えましたが、それもまた日常と呼ばれるものへと変化しました。人の変化への順応性は本当に凄いと実感するのと同時に日常と非日常の境目とは何処にあるのか?という漠然とした疑問が生まれました。日常と非日常は、生活する場所と旅先と言い換えることもできると思います。同じ場所でも、旅として訪れて見ることと、そこに住まい見ることとは、感じ方、視点の大きな違いがあると思います。今後は生活をする拠点を日本国内だけでなくさまざまな場所へ変えて、非日常的だった場所が日常へと変化していくなかで、その境を彷徨うような写真を撮りたいと考えています。

2021年の冬に栃木県那須塩原市による地域アートプロジェクト「ART369」の2021年企画として、「Intimate Path」に参加しました。このイベントは、アートユニット「Com-course」(久保田智広+吉村真)により企画されました。本企画は、市内の県道369号沿い周辺に店舗や事務所を構える事業者の中から参加希望者を募集し、各アーティストが用意した1つの作品と、それにまつわるアイテムや作者からのメッセージを届け、約3週間を作品と一緒に過ごすというものです。パッケージを受け取った事業者には、作品やアイテムを職場・自宅など好きな場所に飾ったり、手に取って楽しんだりと、緊急事態宣言下でもあった3週間の中で、各々のやり方で作品に触れあってもらい、期間中にはSkypeでアーティストと参加者の顔合わせも行いました。新型コロナウイルス感染症拡大のリスクを抑えたクローズなイベントとして開催されたものでしたが、参加者にとってもアーティストにとっても有意義なものだったと思います。美術館でもギャラリーでもない、生活をする場所で、長時間作品が見られ、作品を通してその場で生まれていたコミュニケーションを参加者から直に聞くことができたことは新鮮さと喜びでいっぱいでした。一枚の写真を見たとき、その人にはどんなふうに被写体が見えているのか、画面の中でどこに視線が集まるのか、自分の視点で撮った写真を、自分以外のまた別の、意図していなかった視点で見られた話を聞くことは新たな発見になりました。また、3週間のなかで、作品を含んだ写真集を見る前と見た後で、一枚の写真への印象が変化したお話もありました。作品を制作する意図や表現方法以前に、さまざまな想像の余地のある写真を撮影していきたいと感じました。7月から8月に開催したグループ展「from Intimate Path」では、プライベートに限りなく近い空間で行われた内向きな「Intimate Path」を、外部へと伝える機会となりました。このような状況でなければ行われなかったであろう企画に参加でき、貴重な経験ができて良かったです。

 2021年度の活動は、とても内向きなものとなりましたが、作品制作における根本的なテーマや発信の仕方についての変化、発見の多い一年となりました。

 

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*プッシュ型支援プロジェクト#TuneUpforECoC 支援アーティスト*
https://www.eu-japanfest.org/tuneupforecoc/

(*2022年1月にご執筆いただきました)