久我秀樹氏 インタビュー

久我 秀樹|写真家

● 久我さんは撮影やギリシャで行われた作品の選考会にも立会い、展覧会の開催に向けて長期にわたり関わってこられました。ストラトス・カラファティスとカリ ン・ボルヒハウツが佐賀県に初めて訪れた際、彼らと出会った時や佐賀で撮影された作品を初めて見た時の印象について聞かせてください。

これを撮ると決めたら自分の筋を通して撮る

ストラトスさんやカリンさんの写真がほかの写真とどう違うのかというと、一本筋が通っているということだと思います。いいとか悪いとかではなくて、これを撮ると決めたら自分の筋を通して撮る。それが自分のブランドになっていくんですね。

ストラトスさんは「ふるかわ」(飲食店)のマスターとママのトメさんに会うまでは、彼は寡黙でとっつきにくい印象だった。トメさんに会ってから、フィル ムをどんどん使って撮り出して、とても明るくなった。彼は本当はすごいプレッシャーを抱えて日本に来ていたのだと気づきました。

彼の写真集を見ていたので、佐賀で撮影される作品がどのようなものになるかだいたい想像はついていましたが、予想外の写真もありました。彼が以前出版し た写真集「JOURNAL」では本当に彼は心を開いて撮っているのかわからなかった。「JOURNAL」を初めて見た時はとてもドライな印象を受けたけ ど、本当は彼の心のゆらぎとか淋しさが表れているのではないかと今は思います。だんだん見ているうちにウェットなものを感じました。

カリンさんとも「ふるかわ」でお会いしました。菊田さんから彼女の写真の説明をしていただいて、動物園の写真集を見ました。ストラトスさんの写真よりも 難解という印象。彼女の深い哲学を理解するには少々時間がかかるような気がしました。シンプルな色調、曇天の柔らかい光、面白いとは思いましたが、言葉で 説明するのはとても難しい作品です。

カリンさんの写真は大きく引き伸ばしてみるとより面白さがわかると思います。よく作品は人柄を表すと言いますが、カリンさんの性格と作品を考えると不思 議なギャップを感じます。彼女は画家だったということですが、絵のような写真を撮っていません。これこそがカリンさんの作品を特徴づけるものであり、不思 議な既視の空間感覚が彼女の作品の魅力なのでしょう。

 

● このプロジェクトの過程で感動したことは?

写真家との出会い、つなっがていく人の輪

まず、第一に自分にこの役がまわってきたことです。ちょうどEU・ジャパンフェストの写真プロジェクト「in-between」が紹介されていた写真雑 誌を見ていたときに、大分トゥデイを作った竹内さんから電話をいただき、「今度は佐賀でやるそうだよ」と言われました。一瞬、現実と夢との境目がわからな くなりました。それからしばらくして写真家の方が佐賀に来られて、案内しました。

写真家との出会いもとても感動したことです。ここまでストラトスさんとカリンさんが佐賀の土地にはまってくれると思ってなかったので、こんなに親しくな れたのは感激でしたね。佐賀の人たちもこんなに外国人の方と仲良くなるとは思っていませんでした。彼らが来日して数々の人から助けられた話を聞いて、改め て佐賀の人たちの親切な心に気付かされました。

今回の展覧会がきっかけで今まで知らなかった佐賀県内のたくさんの人と話すことができました。佐賀県写真協会の方をはじめ、近くにいながらもお互いどのような活動をしているのか知りませんでした。人のネットワークができ、点から線への変化を感じています。

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出品作家と県内写真家による座談会「ヨーロッパ人が見た佐賀&佐賀人が見た佐賀」 佐賀写真協会メンバー、久我氏、カリン・ボルヒハウツ氏、ストラトス・カラファティス氏が それぞれが感じた佐賀の姿について意見を交わした。

県立美術館での写真展開催を身近なものにする第一歩になった

この美術館に関しても今まで保守的な印象で、伝統的な名画の展示が多く、写真展などは公募展以外には開催されたことがなかったようです。私はいつかは自 分の作品がこの佐賀県立美術館に飾られる日が来ることは確信していましたが、それはたぶん自分は見ることができない遺作展にでもなるのだろうと思っていま した(笑)。そういう意味で今回の展覧会は現代作家の展覧会だったので、新しい試みだと思いました。前例がないと官公庁は消極的ですが、今回を前例としこ れから先、工夫をすれば今後も写真展をやれると思います。これは大いなる進歩だと思います。

公募展だと1人1点なので、どうしても一枚でインパクトのある写真になる。そういう写真は見慣れている方は多いけれど、今回の展覧会のように連作で写真 を見る機会は佐賀県内では少ないのです。コンテストで通らない写真は撮らない人が多いので、この展覧会の作品はわからないという人も多いかもしれません ね。公募展にあるような美しい光と影を表した作品やスナップなどドキュメンタリーの写真とは全く違うストラトスさんやカリンさんのような作品を撮る方は私の知る限りでは県内にはいないようです。

 

● 久我さんはどのような視点でギリシャを撮られましたか?

ギリシャで感じた幸福な気持ちが、見る人にも伝わったらうれしい

当初は目にするものが珍しいから撮るという観光客のような気持ちもありました。ギリシャに行く前にストラトスさんの写真を見ていたので彼の影響はありま した。今まで私は人物、風景などジャンルに分けてシリーズを作って写真を撮っていることが多かったのですが、ストラトスさんのように素直に写真を撮ったら もっと楽しいのではないかと思ったのです。食事や風呂場の写真からアクロポリスまで、頭の中では自分なりの「JOURNAL」、写真日記を作ろうと思って 撮っていました。風景にしても人物にしても自分と関わらないものは撮りませんでした。ネコの写真もえさをあげてなついたネコだし、こどもたちの写真もすべ て話しかけて撮りました。素直な気持ちで冒険力あふれる気持ちで撮影を進めました。

ギリシャでは、今までのあわただしいライフスタイルとはあまりにかけ離れた世界が広がっていました。それは不思議な幸福感に包まれた世界でした。ギリ シャの人は本当に親切でした。知らないおばさんに切符の買い方も教えて頂きましたし、スーパーでは店長さんや店員さん、たくさんのお客さんなどが集まって 買い物指導までしてくれた程です。盛り場にはもちろんポン引きもいましたが。そんな私の旅日記を見て頂き、幸福な気持ちになってもらえたらうれしいです。

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久我秀樹氏写真作品
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個展「久我秀樹、ギリシャを撮る」看板

● ストラトスさんの住むギリシャに実際に行かれてから、彼の作品に対する印象に変化はありましたか?

孤独感と、人との関わりあいを大切にする心

実際ギリシャに行ってみるととってもスカッとした気候でした。このギリシャの気候を考えるとギリシャの写真家はスカッと抜けのいい写真を撮るのかと考え るけれど、ストラトスさんの写真はそうではなくて霧のかかったようなウェットな世界です。彼がこのような雰囲気の写真を撮る原因は彼の心以外ないと思いま した。私とストラトスさんに共通する点があるならば一見フランクだけど内面は孤独という点だと思います。一生懸命人と関わろうとしている、人との関わりあ いを写真に残したいとしているがその行為自体がすでに孤独を表している。私の場合、笑ってくれた子どもの写真もそのできの良さは関係なくて、笑ってくれた ことがうれしくて優先的に展示します。自分にとってその笑顔は宝物なのですね。その宝物をうまくアレンジしてアートにしていきます。

私はスタイルはストラトスさんのような気持ちで撮るが、作品として表にでてくる部分は見た目に美しいということがベースにあります。美しい、きれいとい うのは誰でも共感できることだから、そこからまたつっこんで裏側にある心理なり哲学を感じて頂けたら幸いです。

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久我氏によるギャラリートーク

●写真家として今回の経験を今後どのようにいかしていきたいですか?

これまでの写真とこれからの写真を変えるくらい自分としては大きな経験になりました。ストラトスさんやカリンさんの写真に出会って、自分がいいと思う写真の範疇が広がりました。

 

● この展覧会後に継続して新しいプロジェクトを考えていたら聞かせてください。

出会いからうまれた、さまざまな夢

今までは八方ふさがりというか、佐賀に住んでいながら佐賀で何かをやれるとは思ってなかったのですが、今は今回の企画で出会った人となにかやれるのでは ないかと思っています。新しい作品つくりをやるとか、子どもたちといっしょに芸術活動や行事をやりたいですね。実は日本最古のカメラは佐賀の鍋島家にあっ たものらしいのですが、今回の企画を通して佐賀の新たな写真のあけぼのを感じました。

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久我氏の企画で開催された写真展オープニング記念パーティーにて。 出品写真家、佐賀写真協会、県職員、学生、被写体となった方々など、様々な立場の多くの人々が集まった。

佐賀の写真集をつくりたい

具体的にはまず写真集をつくりたいですね。自分の部屋を撮ってもいいし、鏡に映った自分を撮ってもいい。写真に限らず、絵画も掲載したいと考えています。 ひとつひとつの作品はばらばらなものになるかもしれないけれど、一本筋を通すならばこの本は佐賀の人間の結晶であるということ。「佐賀トゥデイ」だと「大 分トゥデイ」の二番煎じみたいなのでたとえば「マイ佐賀」というタイトルもいいのではないかと考えています。

美術館との新しい関係 -前衛芸術を発信する場、育む場-

この美術館の活用の仕方も、ここで新しい芸術をつくる場、見る場としても関わっていけたらいいなと思います。私が今回展示したギャラリーが若い写真家や 評価のまだ定まっていない芸術を発表する場になればいいと思います。価値の定まった作品ではないものも発表できる場ができれば、佐賀に文化が根付いていく と思います。

国境のない交流の場をめざして -写真展開催の継続-

ヨーロッパとの関わりもなんらかの形で続けていけないかと思っています。せっかく今回国境をとっぱらった行事をやったのに、今後、佐賀県内の人間だけで 頭をつき合わせていたら、何年かしたらマンネリ化する恐れがあります。定期的に海外の人と何かをすることを継続していけないかなと思います。ストラトスさ んやカリンさんの企画展を数年後にやれないだろうか。日本で影響を受けた彼らが母国に帰ってからまた作品が変わるかもしれない。その彼らの作品展を5年後 また佐賀の人と関わって、佐賀でやる。それまでに何人かの人がギリシャやベルギーに行けたらさらにいいと思います。

今回の展覧会を1回きりの中央主体の打ち上げ花火で終わらせてしまうのではもったいないです。今後、自分たちの手作りで行っていきたいですね。これから 先、夢が外に広がっていくことが一番楽しいことなので今回のヨーロッパの人たちとの関係をこれだけにしたくはありません。彼らがまた佐賀に戻ってこられる 環境を作りたいと思います。日本の中だけで盛り上がるのではなくて国境がないものにできたら最高です。自分たちも頑張るつもりですが、EU・ジャパンフェ ストが持っているノウハウや人脈から側面支援もしてほしいと思います。

あまりどこに住んでいるとかは関係ないですよね。EU・ジャパンフェスト事務局の古木さんが言っていたけれど佐賀のとなりが東京でも、ギリシャでもいい。 今は2日もあれば世界中どこへでもいけるわけだから。佐賀だからどうのじゃなくて、海外からからいろんな人がやって来て、ここからも出て行けて、色々な人 と会える状態になったらいいなと思います。