「思うようにならない世界」の中で

甲斐 啓二郎|写真家

 2020年、2021年と新型コロナウィルスの猛威が私たちを襲った。私は、世界の格闘的な祭事に参加する人間の姿を収めた写真集『骨の髄』(欧文タイトル: Down to the Bone)を2020年3月に上梓し、さてこれから写真展などでプロモーションを行なっていこうという矢先であった。予定していた写真展は、会場の判断により中止や延期となってしまったものもあった。当初は、準備ができていた写真たちが日の目をみないことに苛立っていた。そんな折、相模原市が主催する「さがみはら写真賞」の受賞の連絡をいただいた。20年3月に上梓した本を評価してくれたのだ。「私たちの内部の他者性」「騒乱の奥に潜む集団の流動性」を写真に封じ込めたと評価いただけたことは非常に嬉しかった。まさに静かに立居振る舞う「騒乱」の中にいる今のこの世界に、「他者性」を剥き出しにし、何者かと格闘する人間の写真を提示することは、意味のあることなのだと力をもらった気がした。

 感染症の影響で延期になっていた銀座ニコンサロンでの展示が、2020年8月に実現し、それからというもの2021年にかけて毎月のように写真展を開催した。2021年4月には、その銀座ニコンサロンでの展示が評価され、「伊奈信男賞」まで受賞でき、受賞記念展まで開催できた。2021年7月にはKanzan Galleryで新作「綺羅の晴れ着」(Clothed in Sunny Finery)を発表し、コロナ禍ではあったが、人数を制限し感染対策を施した上で、写真家で長應院の僧侶でもある谷口昌良氏と「見えないモノと写真」というタイトルでトークイベントを行った。2021年8月には、三重県津市のGallery0369でもトークイベントの他、ポートフォリオレヴューを少人数で行った。他の展示会場でも、写真展以外にオンラインでのトークイベントなどを行い、直接お会いできないお客様との交流を図ることを積極的に行なってきた。

 最終的に、2020年8月の銀座ニコンサロンの展示を皮切りに、東京で7カ所、大阪で3カ所、長野で2カ所、広島、秋田、三重と合計15カ所展示させて頂いた。特に、撮影地である長野、秋田、三重で写真展を開催できたのはよかった。被写体となった祭事の参加者に実際に観てもらう機会を得られたからだ。「彼があんな顔するのか!?」「この顔があの人とは思えない」などの声が聞かれた。それは、格闘する中で、自我を失い、身体の内にある他者が露わになっているということだろう。そこに写るのは、倫理や道徳以前の“彼”であり、野性をむき出しにした動物なのだと気付かされる。イギリス、ジョージア、ボリビア、日本と世界各地で格闘する祭事を撮ってきたが、人種や国籍、文化を超えて、その姿はどこも同じだ。それは、根源的な、ありのままの姿なのだ。2021年の活動を通して、改めてその思いを強くした。

 先述した2021年7月に行なった谷口昌良氏とのトークイベントは、非常に興味深く刺激になった。その中で、「事象や事柄っていうのは、良いも悪いも、全て繋がっていて、思うようにはならない」という仏教の哲学を伺った。私が使っているMamiya7というマニュアルフィルムカメラで、群衆の中に飛び込んで撮るというスタイルは、良いも悪いも「不自由さが生む偶然性」を期待するものであったし、それは写真というメディアの特性だと感じていたので、仏教哲学と繋がりが感じられ、驚きとともに嬉しい発見となった。

 また、谷口氏は著書(谷口昌良・畠山直哉共著「空蓮房ー仏教と写真」 赤々舎、2019)の中でも「「思うようにならない」ことが「驚き」に姿を変える神秘は存在しないはずだという確信を、彼ら(写真家)は持っているはずです」とも言っている。このように言葉に落とし込めていなかったが、私自身、無意識のうちに、それを感じていたことに気付かされ、腑に落ちるものがあった。

 そしてまた、「写真のことを勉強していったら、仏教哲学という良い教科書が、自分の横にあるではないか」と、ある時気づいたそうである。僧侶である谷口氏らしい話を伺えて、私自身も仏教哲学に興味を覚えるようになった。

 この新型コロナウィルスの影響の中、展示を続けてきて、たくさんの方に観て頂けたこと、自分の作品と向き合える時間が持てたことは、良い経験になったし、よかったと思う。また、なかなか撮影に出かけることができず、ストレスが溜まることもあったが、継続した活動が認められ、日本写真界の重要な賞である「さがみはら写真賞」と「伊奈信男賞」を受賞できたことは、この上ない励みになった。

 そして今後は、世界同時的に「思うようにならない」世界を経験している今だからこそ、根源的なありのままの人間の姿をヨーロッパの人々にも観ていただきたく思う。人間の基層に流れているものは、人種や国籍、環境や文化には関係なく、どこも同じだということを、私が世界を周って写真におさめてきた人間の姿が、それを証明してくれていると思う。ぜひ、その写真を観て欲しい。きっと身体の内から、何か湧き上がってくるものを感じてもらえるはずだ。

 

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*プッシュ型支援プロジェクト#TuneUpforECoC 支援アーティスト*
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