トルミスの世界の若い歌声をつなぐために

荒井 秀子| 日本エストニア友好協会 事務局長

エストニアユース混声合唱団VOX POPULIの指揮者ヤンネ・フリドリンさんと団長のエヴェリン・ヴァルヴァさんと最初に会ったのは、2019年7月のタリン、前回の『歌と踊りの祭典』が終わったばかりの時でした。午後7時にお二人と旧市街で会う約束をしていた私は友達の家でカンカン照りの太陽の下、おしゃべりに興じて時間を見失っていました。電話が入り気がついて時計を見たらすでに1時間お待たせしていることに!慌ててそこからタクシーを飛ばして旧市街に戻りましたが、実に2時間お待たせすることになってしまいました。それでもお二人は気分を害するわけでもなく、暖かい笑顔で静かに私を迎えてくださり、日本でエストニアの古い民謡を合唱曲で遺したことで世界的にも名の知れたヴェルヨ・トルミスの作品を歌えないだろうかと相談してこられました。エストニア大使館から推薦された話ということもあって、それまでいくつかエストニアの合唱団を受け入れてくださっていた仙台の方々などと協力して、前向きに話を進めようということになり、トントン拍子に準備が進みました。

ところが、世界の雲行きが思わぬ方向に。来日予定だった2020年、新型コロナウイルスのパンデミックの始まりが私たちの企画を阻止することに。

実際、現実に移動して交流をすることは不可能になりましたが、翌年には実施できると信じ、その前年祭としてオンラインで交流会をすることとなり、2020年の10月には6時間の時差を感じさせない見事なオンライン交流会を完成させ、「来年日本で会いましょう!」を約束文句で締めくくりました。

ところがいつ収束するかわからないコロナは悪化する一方。今年もだめ、今年もダメが続き、やっと2023年、コロナの波は続いているものの集会も緩和され、外国人観光客受け入れを始めそうな話が本格化してきて、今年はやれるかもしれないと、恐る恐る会場探しをと始めたのが3月。すでに東京都内の会場はどこも予約が取れる状態ではありませんでした。しかし運良く、まるで私たちの予約を待っていたかのように江戸川区総合文化センターの小ホールの夜間のみ空いていることが分かりツアー実施を決意、行動を開始しました。実に4年の歳月が流れていました。

2023年10月24日、4年前には予期していなかったウクライナ戦争。ロシア上空を飛べず、タリンから合計15時間半の南回りの長旅を終え、羽田空港に到着した40名。そして日本・エストニア友好協会のメンバーは今か今かとソワソワしながら、入国審査を通過してくる一行を待ちました。1時間半後、ようやく10代から30代の若い団員達が疲れた様子もなく、でも少し不安そうな表情が入り混じった笑顔で到着口から出てきました。Tere!(エストニア語でこんにちは)と声をかけると、フッと肩から緊張がほぐれたようでした。さて、それから4時間後には国内線に乗り継いで最初の公演地目指して北海道に。それまでの束の間の自由時間を楽しもうとチエックインを終えるとショッピングモールに吸い込まれていきました。

Interaction event with Ainu people at UPOPOY Experience Hall.©️Vox Populi

10月25日、初めての日本の朝は快晴。思惑通り、ひんやりとした朝の空気がエストニアのそれとあまり違わないところが団員の気持ちをリラックスさせたようでした。バスで、最初の公演場所、アイヌ民族文化共生象徴空間ウポポイ到着。入園口までの通路の壁には、アイヌの森と動物たちの絵が描かれていて、まるでこれから演奏するヴェルヨ・トルミスの描くフィン・ウゴル民族に共通する世界に誘われている様。皆ワクワク、自然と笑顔が溢れてきていました。

会場は北の木の香りのする真新しい体験館別館。森の中で行われたトルミス生誕90周年コンサートから制作された映像がスクリーンに映し出され、客席後方から歌が始まると立ち見が出るほどの満席のお客様は一気に吸い込まれるように演奏に没入して行かれたようでした。公演後、初めて耳にするトルミスの音楽に驚きと戸惑いの様子を見せながらも、来場者は皆さんは満足した表情で会場を後にしていました。また、ウポポイの職員のご協力で、アイヌの長である野本正博さんとの面会やアイヌ舞踊の皆さんとの交流も実現、エストニア文化庁からの助成金受給条件をまずは完了。皆エストニア人のルーツであるフィン・ウゴル民族と共通点の見えるアイヌ文化にますます惹かれたようでした。

Group photo in front of the Date Masamune Statue in Sendai. ©️ Vox Populi

函館を経由して、翌日仙台に移動後は最初のオンライン交流会から3年の年月を経てリアルにやっと会えた仙台実行委員会の皆さんと5つの地元合唱団から厚い歓待を受け、喜びも一入。中でも若いRaw-Oleの団員たちは、VOX POPULIとの共演に挑戦、大きなステージでのリハーサルには力が入りましたが、公演が終わった時には同じ音の世界を作り上げる試練を乗り越え、すっかり仲良くなっていました。

東京では関東第一高等学校の合唱部が共演。学校の剣道場をお借りして交流会と演技付きの共演部分のワークショップ。そして本番までステージリハーサル1時間という厳しい条件にもかかわらず、全員が緊張してあたった結果、本番は素晴らしい出来栄えとなり、来場者の皆さんに大きな拍手をいただくことができました。日本とエストニア、両国の若い人たちが力を合わせて一つの音楽の輪を作り上げ、日本の若者達には、合唱団として歌うだけでなく、もしかしたら普段では絶対に表現することのないような演技を体験し、3つの公演を成功させたVOX POPULIの一人一人にとっては、異文化日本を見聞しつつ、自国の誇りを披露する機会を得たことで、それぞれ大きな自信につながったのではないかと思います。

Farewell singing at the lobby of the concert hall. ©️ Vox Populi

今、こうして無事に1週間3公演のツアーを完了させることができましたことは、関係してくださった皆様の実現への熱意とそれを実動面、資金面で支えてくださったEU・ジャパンフェスト日本委員会の皆様のご理解とご協力のお陰です。すばらしく充実した来日ツアーを支えていただき、心より御礼申し上げます。