記憶を内包する風景

崔 聡子|Satoko Sai + Tomoko Kurahara

「Inner Landscapes」プロジェクトは2008年、フィンランド・トゥルクでの欧州文化首都TURKU2011の開催にあたりプロジェクトの公募が始まった時期に動き出しました。

メンバーであるフィンランド人写真家のマルヤ・ピリラは、部屋自体にピンホールカメラの構造を作り出し、外の風景が映りこんだ室内で住人を撮影する、カメラ・オブスキュラのポートレートシリーズなどで知られています。私たちSatoko Sai + Tomoko Kuraharaは、陶磁器を使うもの(applied art)と見るもの(visual art)の両方の要素を持つものとして興味を見出し、陶器に風景写真を転写し焼き付けるシリーズなど、風景や都市、記憶などを表す媒体として器を作り、これまで日本とフィンランドで作品を発表してきました。

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写真:崔聡子
「2011年6月。トゥルク城、中庭からの風景。」

「内包する風景=Inner Landscapes」という互いの作品にある共通性から、トゥルクの街に住む人々にそれぞれの個人的な過去のストーリーを聞き、アルバム写真などを元に、その人物を表すための器(S+T)と、ポートレート(ピリラ)を制作し、それをトゥルクの象徴的な場所であるトゥルク城で展示することで、トゥルクの街の過去と現在を視覚化するというコンセプトの元、このプロジェクトが始まりました。

Inner Landscapes展は2011年6月17日から9月25日までトゥルク城で開催され、その後、同年9月29日から10月30日までトゥルク市のコミュニティケアセンター「ポルツァコティ」へ巡回します。また2012年にかけてはフィンランドのタンペレ、ヘルシンキの二都市への開催も視野に入れています。

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写真:蔵原智子 「2011年6月。
トゥルク城の一室、Bailiff’s Roomでの展覧会風景。」

2010年4月に、三人はモデルとなる70代から90代の9人の高齢者へのインタビューのため、トゥルクに3週間滞在しました。以前からピリラが自身のプロジェクトを通して交流がある、トゥルク市のコミュニティケアセンター「ポルツァコティ」の協力のもと、モデルとなる人々が決まっていきました。中にはプロジェクトのことを聞き、自ら参加に名乗りを上げた方もいます。

モデルのみなさんは、ポルツァコティなどのケアセンターに定期的に通われていますが、普段は自宅で、お一人もしくはご夫婦で暮らしています。地図を片手に自転車でそれぞれの方の自宅に伺いました。中には日本人は見るのは初めてという方もいましたが、直接言葉が通じない、初めて会う私たちを自宅にあたたかく迎え入れてくれ、一人約3時間という短い時間の中、それぞれのアルバム写真を見せていただきながら、子供時代から現在にいたる様々なお話を伺いました。

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写真:蔵原智子
「2010年4月。モデルの一人、 マッティさん(中)の取材を終えて。ピリラ(左)、崔(中)。」

丁寧にまとめられたアルバムには子ども時代の楽しそうな姿や北欧の短い夏を一家で楽しく過ごした思い出がぎっしりと詰まっています。ピリラやポルツァコティのナース、リトバ・ムーリネンの通訳を介して聞いた話では、夫婦が出会った時のラブストーリーのような幸せな内容もあれば、戦争の話や親や配偶者との別れなどつらく悲しい話もあります。おそらく初めて会う私たちに、思い出の中の美しい部分を伝えたいという気持ちもあるかと思いますが、みなさんが傍らで家族に見守られながら、それぞれこれまでの人生を振り返って「いい人生だ」という姿は強く印象に残りました。

トゥルクでの滞在後、私達は東京へ戻り、陶器の作品制作に取りかかり始めました。ピリラは、タンペレからトゥルクに通いながら、ポートレイト写真の撮影を行うと同時に、モデルの方々とより対話を重ね、それをビデオアーティストのテルヒ・アスマニエミとの共同編集による映像にまとめていきました。

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写真:蔵原智子
「2011年6月。 Satoko Sai + Tomoko Kuraharaによるドキュメントブック。」

私たちふたりは、9人のモデルから聞いた話、見せてもらった写真の複写、趣味嗜好についてのアンケート、そして会ったその日にモデルから受けた印象、部屋のインテリアや着ていた洋服、まわりの街並などの一つ一つを素材として、スクラップブックを作り、その人物を表す器の形や色、装飾などを組み立てて行きました。モデルと共に過ごしたのは、彼らの長い人生のたった一日ですが、その印象からどれだけその人を表せるかということを常に考えていました。作るものは器状の形ではありますが、人物を写真に撮り印画紙に焼き付けることや、受け取ったイメージから一枚の肖像画を描くことにとても近いのではないかと感じています。これまでの制作活動の中でも、私たちは陶器というものをひとつのメディアとしてとらえてきましたが、今回の作品はよりその考えが際立った作品であると感じています。

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写真:末正真礼生
「2011年6月。展示作品の一つ、
Satoko Sai + Tomoko Kuraharaによる 陶器”Matti”。」

また、インタビューを聞いているうちに、トゥルクという街の中で、モデルそれぞれの人生が関わりあっているのを感じました。ほとんどのモデル同士はお互い面識のない人たちですが、同じ小学校に通っていたり、同じ地域に住んでいたことがあるなど、小さな街ならではの関係性が浮かび上がってきます。また私たちも実際にトゥルクに滞在中に街のさまざまなところで、モデルのひとりやプロジェクトに関わる人にばったり出会うことがありました。このプロジェクト自体、トゥルクに住む様々な人の協力があって実現できていますが、街を構成する要素として、人の存在や人との関わりは大きなものだと感じています。

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写真:蔵原智子 「2011年6月16日。
展覧会オープニングレセプションにて。歓談するピリラ。」

プロジェクトの初期から考えていたことですが、インタビューとトゥルクでの滞在、そして作品制作を通して、歴史の中に書き残されないような無名の個人の人生に、私たちが共感できる物語があるということを感じています。国や言語が違えども、ごく個人的な事柄やどこにでもありそうな風景のひとつが、私たちをはじめ、作品を見る人の記憶や感情をゆさぶるきっかけになるのではないかと思います。

今後、このプロジェクトの展覧会を日本でも発表したいと考えていますが、いつかは日本の高齢者を対象にインタビューと作品制作を行い、国内・海外で発表するということも将来の展望として考えています。このプロジェクトを通して、多くの人が自分の人生や家族、環境をひとつの形あるものとしてとらえるきっかけになればと思います。

◎第19回EU・ジャパンフェスト:「インナーランドスケープス展」プログラムページは コチラ