旅の交換あるいは交感

南本 有紀|飛騨世界生活文化センター 学芸員

旅する人々

「旅」と「写真」は相性がよい。思えば、本事業は多くの人たちが旅する企画である。欧州の写真家は日本を撮影しながら旅し、今回は、我々が作品選定のた めに欧州を旅した。この旅は、私に、写真家との視点の交換、さらには日欧関係者の交感に結びつくことを期待させた。本事業が単なる写真展ではなく写真「プ ロジェクト」である所以は、この過程を含むからだろう。たくさんの旅する人々による交流運動が写真展という形となって結実されるのが本プロジェクトであ る。今回、私はこれに参加する機会を得て、コーク(アイルランド)での作品選考会を契機に欧州を約1週間にわたって旅する身となった。その見聞を文章にす ることで、いささかなりとも「旅する」気分を共有していただけたらと思う。

 

旅する写真家の見た日本

David Farrell(岩手県撮影)

代表作Innocent LandscapesでIRAの悲劇の地を淡々と美しい風景写真に封じ込めたこの作家は、まず、岩手の静謐で平穏な景観に魅せられたそうだ。彼は、しか し、公園や雑木林、街の雑踏、あるいは高校生たちのポートレート、宿泊先の室内のようすを次々に披露して、見事に我々の先入観を裏切ってくれた。さまざま に切り取られた岩手の姿、多彩な作品群に彼の旺盛な感受性をかいま見る思いがした。ただ選考会の場ではいまだ好奇心と探求心が全方向に拡散した状態で、彼 の意図を明瞭に提示することは難しいかと感じた。これからいかに要素を集束させていくのかが楽しみである。

Valentina Seidel(岩手県、神奈川県、岐阜県撮影)

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Seidel氏作品選考のようす。 左よりアーティスティックディレクター菊田氏、Farrell氏、Seidel氏

彼女は図録の構成に焦点を絞ったセルフセレクトを準備してきていた。図録は見開きの2ページしか一度に目にすることができないので、全体を一望できる展 示と違い、その選択は非常に意図的にされなければならないからだという。選ばれた作品は色や構図のほか内容(被写体の年齢、性別、背景)についてバラエ ティと作品群全体のリズムが注意深く配慮されていた。

被写体とのコラボレーションを絶対のコンセプトとし、「いかに撮られるか」を能動的に考えることを強いる彼女の撮影は、他の作家以上に過程を重視する。 合致した被写体を決め、趣旨に理解を求め、撮影地を選び、細かいやりとりをしながらいよいよシャッターを切る。この気の遠くなるようなプロセスを彼女は初 来日の1ヶ月間、3県で数十人に対して行った。彼女がフォトグラファーよりもむしろアーティストであることを自認しているのも、こうした行為全体を自分の 仕事だと認識しているからだろう。

そうであれば、今回のセレクトはいかにも表層の写真的表現にこだわりすぎているようにも感じた。「どれが最良のコラボレーションであったか」という質問 は彼女にとってタブーであり、一期一会の撮影についてその質を比較することはできないし、ヴィジュアルを重視して制作されるだろう図録はもちろん大事な成 果物だ。けれども、展覧会という場でこそ成立する新たなコラボレーションもある。彼女には、是非とも開場まで気持ちを途切れさせることなくプロジェクトに 取り組んでほしいと思う。被写体となった人たちもまたアーティストであり、交流はやむことはないのである。

Dara McGrath(神奈川県撮影)

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McGrath氏(写真左)作品選考のようす

彼の写真は何気ない風景に特別な意味を持たせて、見る人に思わぬ問いをなげかける。日本のどこにでもありそうな冬枯れた 郊外の景観。セレクションのために机上に並べられた作品は一面の枯葉色である。首都圏近郊で出会ったこの日本の冬景色と、里山を浸食していく郊外族の営み が、彼の関心を引いたのだ。我々にはおなじみの、あの茶色い冬の風景が強いメランコリーを感じさせたのだと彼はいう。

ここで、Farrell氏が私にとって印象深い発言をした。日本の茶色く枯れた野原に、彼もまた非常に強い印象を受けたそうだ。家々が競うように一軒一 軒異なった外観を持つことも驚きだったらしい。実は、私はこれとそっくり逆の体験をした。ロンドン市街から郊外に向かう車窓から望む緑の牧場、誰かが相談 して決めたかのように見事にそろった家並みがそれだ。イギリスの冬が不思議にもの寂しさを感じさせないのはこの緑のためだろうかとも思った。 McGrath氏が日本の冬、とくにその色に日本人同様メランコリーを感じたこと、我々もその写真にあまりにもなじみ深い日本の冬の気配を察したことが興味深かった。

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McGrath氏(写真左)作品選考のようす
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McGrath氏(写真左)作品選考のようす

Jitka Hanzlova(岐阜県撮影)

彼女は与えられた約2週間のほとんどを飛騨で過ごし、私はその大半の行程を同行していたので、再会と写真のできあがりに期待しながら彼女の住むドイツ西 部に向かう。日本では諸事神経質だった彼女は、さて、ホームグランドではリラックスして自信にあふれた魅力的な女性としてさっそうと現れた。参加作家中 もっとも早く撮影を終えていたこともあるだろうが、作品は個々そして全体のセレクトに説得力があり完成度の高さを感じさせる。なかには撮影現場に立ち会 い、その状況を確かに覚えているにもかかわらず、あれがこうなったかと軽い興奮を覚えるような作品もあり、カメラと肉眼の映像処理の差違に改めて驚かされ た。肖像と若干の自然物を織り交ぜたセレクトは、展覧会場での展示でも力強い訴求力を放つことだろう。

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デュッセルドルフにて、Hanzlova氏(写真右)作品選考のようす

旅と写真/旅の写真

長らく写真は遠く離れた異国の風物を記録することを使命とし、旅する写真家の視点を記録し続けてきた。しかし、情報化が進み世界が均一になりつつある 今、ただ目新しい事物を写しただけでは作品にはならない。今回の4作家はユニークなコンセプトで対象をとらえる非常に今日的なあり方の写真家たちであり、 おのおのの旅路がレンズを通して切り取られるとき、我々が慣れ親しんでいるはずの日本の景観に彼らの個性が潜みこむ。写真を深読みすることは避けねばなら ないが、そこに写真家が何を見たのか、来場者には旅人の思想を探り、対話を試みる鑑賞を楽しんでほしいと思う。

ところで、このプロジェクトについて本事業とは直接関係ない英国人は、アイルランド人写真家が風景を撮り、ドイツ人が肖像を、チェコ出身作家が自然景観 と人物像を好むことが非常に自然に了解されると語ってくれた。地勢がそういう雰囲気を醸成するのだという。そういえば、ドイツ在住の日本人にSeidel 氏の作品を見せたところ、「いかにも汚い」都市景観がベルリンらしいと感想をもらしてもいた。異人の眼で日本を切り取ることが、また、欧州の中の異なる視 線の存在を際立たせることにもなるのだ。多くの「異」が重奏することこそが、本プロジェクトの魅力でもある。

〔付記〕今回の渡航にあたりご高配を賜りました支援団体の皆様、現地で便宜をお図りいただきました関係各位、また、長期の不在に理解と協力を示してくれた同僚たちに厚くお礼申し上げます。