マリボルに小さく咲いた、江戸芸の華

上條 充|江戸糸あやつり人形

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マリボル人形劇場のディレクター、モイツァ・リッコさんからメールが届いたのは、一昨年の秋、震災から半年経った頃だった。欧州文化首都マリボル2012に文化大使として招聘したいという旨だったが、私たちは、欧州文化首都というものが何かということすら、その時は知らなかった。モイツァさんはその年の夏に来日し、いいだ人形劇フェスタで私たちの公演を観たのだそうだ。

オーストリア・グラーツの空港から車で40分、スロヴェニア第二の都市マリボルに着いたのは午前0時を回ろうとしているとき、ほとんど人通りはなく、街は寝静まっていた。このマリボルという町はオーストリアに近いことから西欧との交易が盛んで、経済的な基盤の強いところなのだが、ギリシャ危機の影響をまともに受け、倒産した企業も多いと聞いた。しかし街中を歩いてみると、沈んだ雰囲気は全く感じられなかった。

v55_02会場となったマリボル人形劇場は、中世に建てられたが半世紀ほど前に廃墟となった修道院を、町の再開発計画の中で人形劇場に改装したもので、今も工事中のところがあったが、ふんだんに最新技術を取り入れていて、古くて新しい劇場になっていた。

翌木曜日の朝は10時に劇場に入った。スタッフとの顔合わせ・打合せをした後仕込みに入ると思っていたが、スタッフはまだ来ていなかった。会場を下見しようと案内してもらうと、そこは客席数60ほどのとても小さなホールだった。日本を発つ前に届いたモイツァさんからのメールに、公演初日の金曜日は入場券が完売したとあって、私達も多少気負いがあったのかもしれないが、余りの小ささにちょっと拍子抜けしてしまった。ただ、人形はとても見易そうだった。

v55_03舞台はいろんな人形劇に対応できるように組立式だった。私たちが入ったときは1段組まれていて、間口や奥行は充分だったが、高さが足りなかった。2段にすると丁度良い高さになると思われた。暫くしてやってきたスタッフに尋ねると初め無理だと言っていたが、一人また一人とスタッフが増えて4~5人になっただろうか、話し合ったかと思うと別のところから同じ組立式の舞台を運んできて、私たちの希望を叶えてくれた。そのままお互いに紹介しあう間もなく、仕込みは始まってしまった。
お昼近くになり昼休みをどうするか尋ねると、15時から別のところで用事があるし、食事も取ってきたので休みはいらないという。これまでの海外公演では、ありえないことだった。結局私たちの昼食は15時以降になってしまった。
私たちに付き合ってくれた2人のスタッフは、実に精力的に動いてくれた。音響や照明の細かな指示や幕の吊り方の注文にも嫌な顔一つせず、気持ちよくやってくれた。お陰できれいな舞台が仕上がったし、照明の新しい仕込み方も発見できた。そしてスロヴェニア人はとても勤勉なのが良く分かった。
昼食後にペテルと通訳について細かく打合せしたが、これがなかなか良い結果につながった。

v55_04公演初日は朝10時に会場に入る。残り作業と通し稽古、きっかけをしっかりと確かめた。
そして18時より本番。
私たちは、初めて出会う国の人々が少しでも早く私たちの公演に馴染めるようにと、公演の最初の挨拶は、その国の言葉を使うようにしている。今回もスロヴェニア政府観光局に行って幾つかの文章を教わったのだが、「とても難しいから、最初から通訳を入れたほうがよいと思う」と言われてしまった。しかし何とか苦労して覚えた。その甲斐があってか、観客はとてもリラックスしていた。
公演は、「かっぽれ」「酔いどれ」「黒髪」「獅子舞」の4つの演目と、合間に通訳を交えた人形の解説を入れ、日本独自の糸あやつり人形の特長と魅力を余すところなく紹介。小さな子どももいたが、会場全体が舞台に集中し、人形の仕草に豊かな反応が返ってきた。
そして観客を送り出す時、日本では縁起物として観客の頭を一人ずつ獅子で噛むことにしているのだが、宗教によってはできない場合もあり、ペテルに相談。この国はカトリックだがペテルの提案で「獅子に噛まれると元気になると、多くの日本人は信じている」という説明にすると、観客全員の頭を噛むことができた。終了後モイツァさんを見ると、とても満足した顔をしていた。公演は大成功だったようだ。

翌土曜日は10時と18時の2回公演。10時の公演は子どもばかりかと思ったら、結構大人が入っていた。

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3回の公演で観客総数は、165名。グラーツなどマリボル以外からも来場していた。子どもの数は全体の3分の1ぐらいであろうか。モイツァさんは、「子どもたちはとても感動していた。子どもたちは多分、各演目の意味や内容は分からなかっただろう。けれど分からなくても感動するものはある、という経験ができた」と、感想を語った。

火曜日は10時からワークショップだった。リュブリアナの人形劇場から4人が加わり、総勢11人で始まる。私たちの公演を観ていない人のため、公演と同じ演目を披露した後人形の特徴を専門的に説明し、実際に人形を持ってもらった。随時質問を受けたが、人形の遣い方はもちろんのこと後継者のことまで、かなり突っ込んだものが続いた。また人形の胴など細部にわたって写真を撮っていたので、いつかこの地に、わたしたちの人形が元になった新たな人形が、生まれるかもしれない。

帰国して間もなく、トルコの人形劇フェスティバルから問合せが来た。モイツァさんからの紹介だった。残念ながら日程が合わなかったが、今回の成果がこうした拡がりに現れた。

 

◎第20回EU・ジャパンフェスト:「マリボル国立人形劇場プログラム「日本の秋」:江戸糸あやつり人形公演」プログラムページは コチラ