ピアノで繋ぐ日本とクロアチアとの絆

西井葉子

1998年夏に初めて渡航して以来、7年間留学したクロアチアは、私にとって第二の故郷です。帰国後も、2013年からは毎年クロアチアや近隣諸国への演奏旅行を続けていましたが、2020年以降に予定されていたコンサートはコロナ禍により悉く中止または延期となってしまいました。2021年秋には、クロアチアでの演奏活動を再開できると思っていたほか、私の地元の伊勢市(三重県)内の小中学校4校への訪問コンサートも予定していましたが、どちらも実現叶わず、スケジュールと心にぽっかり穴が空いてしまいました。とは言え、2021年度の活動を振り返ると、表立った活動こそ例年より少なかったものの、クロアチアと縁の深い十日町市(新潟県)でのコンサートや駐日クロアチア大使館での演奏の機会など、日本とクロアチアとの絆を深めるという意味において重要かつ貴重な機会に恵まれ、有意義な1年だったと思います。2021年度の活動全体の中で私にとって特別な意味合いを持つ十日町市でのコンサートについて、少し書きたいと思います。

十日町市は、2002年日韓サッカーワールドカップの折にクロアチアのサッカー選手達が最終調整のキャンプ地として同市を訪れて以来、クロアチアとの交流を続けている町であり、2012年には十日町市とクロアチアの友情の象徴としてジャパン・クロアチア・フレンドシップハウスも建てられています。東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会ではクロアチアのホストタウンとしてクロアチアの選手達を受け入れるなど、日本とクロアチアの友好の中心地となっています。

コンサートは、2021年7月17日土曜日の午後、越後妻有文化ホール「段十ろう」にて開催されました。2017年11月にオープンしたばかりの美しいホールです。モチーフとされている縄文時代の国宝火焔型土器の中にすっぽり入り込んだような不思議な感覚に包まれるこのユニークなホールでは、2020年1月ラフマニノフ作品のCD録音をさせていただきました。今回のコンサートはこの録音プロジェクトと併せて十日町市クロアチアホストタウン推進事業の一環として同年7月に行われる予定でしたが、新型コロナウィルス感染拡大のため延期となり、1年越しの開催となりました。

両国の友情を音楽で祝うべく、リスト、シューマン、ラフマニノフの作品のほか、クロアチアの作曲家ドラ・ぺヤチェヴィッチの作品や山田耕筰の「からたちの花」なども演奏しました。クロアチアのオリンピック選手や関係者達の出席や彼らとの交流はコロナ禍により叶わず残念でしたが、クロアチアとの友情を大切に育んできた十日町市の人々にクロアチア人作曲家とその作品について知っていただく貴重な機会となりました。ドラ・ペヤチェヴィッチは、クロアチア初の本格的な女流作曲家として同国では大変有名な作曲家です。彼女の生誕130周年にあたる2015年に彼女のピアノソロ作品全50曲を収めたCDをリリースしたことにより、私の海外での演奏活動は大きく拡がりました。20年前、彼女の作品を日本で初めて演奏した頃は、まさに「知られざる作曲家」でしたが、近年、彼女に対する国際的評価は急速に高まりつつあり、イギリスのBBCラジオで特集番組が組まれたりもしています。彼女の没後100周年にあたる2023年には、再評価の動きがますます高まるのではないかと思います。

今回、録音とコンサートの両方で、タカギクラヴィアの高木裕社長のご厚意により、往年のピアノの巨匠達がニューヨークのカーネギーホールで使用していた1912年製のニューヨーク・スタインウェイ(CD368)を使用させていただきました。ペヤチェヴィッチ作品のCD録音や伊勢神宮での奉納演奏の折など、これまでも特別な機会に運んでいただいているピアノです。ペヤチェヴィッチやラフマニノフの音世界は、彼らの時代の精神が宿っているこのヴィンテージ・ピアノの音で描きたい、聴いてほしいという想いが強く、それを可能にしてくださる髙木社長には感謝の気持ちでいっぱいです。
 コンサートの翌日、ジャパン・クロアチア・フレンドシップハウスを訪れると、クロアチアのトレードマークである赤白の格子模様のサッカーユニフォームを着たクロアチア愛に溢れた人達が温かく出迎えてくださり、嬉しいサプライズでした。今回の録音とコンサートの両プロジェクトにより、両国の友情を象徴する町である十日町市の人々と繋がりができたことは、私にとって大きな喜びです。

最後に、コロナ禍で大変な状況の中、コンサートを開催してくださった主催者の皆様、足を運んでくださった方々、様々な形で協力し関わってくださった全ての方々に心より感謝したいと思います。コンサートを楽しみにしてくださっていた駐日クロアチア大使のドラジェン・フラスティッチ氏とクロアチア・オリンピック委員会会長で元首相のズラトコ・マテシャ氏にはご臨席賜われず残念でしたが、その後、東京の駐日クロアチア大使館にてマテシャ会長の来日を歓迎してミニコンサートをさせていただく機会に恵まれました。2019年にクロアチア・オリンピック委員会からの依頼で、クロアチア唯一の同委員会のスポンサー都市であるポレチュにて、東京2020オリンピックに向けての一連のプロモーション行事のオープニングとなるコンサートをさせていただいたことがあり、マテシャ会長にはその折に初めてお目にかかりました。彼はパイロット歴が長く、コンサート後にはヴルサルという町の飛行クラブに連れて行ってくださり、彼も参加する飛行コンテストを観戦し授賞パーティーにも参加、セスナ機での初飛行も楽しんだのでした。今回の十日町市でのコンサートは、私の20年以上に亘るクロアチアでのこうした様々な活動の積み重ねのおかげで実現したものと言えます。2022年度には、クロアチアに再び飛び、各地での演奏活動を再開することができるよう、そして、今後もピアノ演奏を通じて日本とクロアチアの更なる友好関係の発展に貢献できればと願っています。