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[Vol.97] IN SEVERAL PLACES

矢嶋一裕

建築家

In my position

キプロスは、トルコ系の北キプロスとギリシャ系の南キプロスに分断されており、その分断ラインは現在も国連によって管理されている。キプロスは古代から地政学的に複雑な状況に置かれ、現在もその延長線上にあるというのはキプロスを語る際にまず言及されることである。

私が参加した”arTwins in Open Spaces”は、異なる国々から選出された10名のアーティストが二人一組になって屋外アート作品制作を行うというプログラムであった。私はエジプト人アーティストのミナ・ナスル氏と協働して作品制作を行った。もちろんこの二人一組というプログラムは、南北で分断されたキプロスの政治・社会状況を反映し、パフォス2017が掲げるテーマ“Linking Continents, Bridging Cultures”を体現しようとする野心的な試みであった。

当初、このような社会的意義のある素晴らしいプログラムに参加することは光栄であると感じる一方で、プログラムの背景にある政治的正しさと協働制作という方法にやりにくさを感じていた。まず、当たり前であるが政治的正しさを根拠にした社会的意義のある素晴らしいプログラムだからといって、良い作品が生まれるわけではない。プログラムと作品の評価は違うものである。次に、自我の強いアーティスト同士が協働することの困難さは容易に想像ができた。だからといってお互いの自己主張衝突を避け、予定調和的な生温い作品制作だけにはしたくないとも考えていた。

作品の自律性にとって、いかなる言い訳も通用しないことを自覚し、作品制作に取り掛かることにした。

Egypt

ミナがパートナーとなることを知らされたのは2016年8月のことである。まずはミナのことを知りたいと思った。スカイプやメールを通して、お互いのことを知ることからプロジェクトは始まった。ミナの住むエジプトは地中海を挟んでキプロスと対岸に位置している。ミナはいわゆる絵描きである。その作品の特徴は、彼がかつて彫刻を学んでいた影響から、人物の光と影を強調するモノクロの絵画を描いていることである。彼が描く人物は、様々な感情を表現しているが、悲しむ人物が多数描かれる。その理由は「アラブの春」から現在も混乱が続くエジプト社会に苦しむ人々に向けられているからである。エジプト社会の切実な問題を自己の問題として捉え、作品の主題としているのである。

作品設置の様子(写真提供:矢嶋一裕)

Japan

 作品コンセプトは、パフォス2017のテーマ“Linking Continents, Bridging Cultures”を反映すること。それは近頃の不寛容な社会に対しても批評性をもつことになるのではないかと考えたこと。少ない予算で大きな空間を作ろうとすれば、安価で強度のある合板しか材料の選択肢がなさそうなこと。1220mm×2440mm×t18mmがキプロスで手に入る最も厚い耐水性合板であること。予算不足を補うため助成金申請を行うこと。その結果は実施直前に判明するため、最後まで予算が確定しないこと等々が、頭の中を駆け巡る。

 三角柱の四辺形側面の一辺で立つ構築物を制作することを思いついた。それぞれの三角柱は自立しないが、それらをつなげることで構造として安定する。それぞれの三角柱は多様性を表現し、その表面にはミナがこれまでに出会った多様な人種の人々の顔を描く。それぞれの違いを認めながらも、お互いを支えあうことで成立する構築物である。これならミナの問題意識とも通底しそうだ。予算に応じて三角柱の数を調整できるため、直前の予算確定にも対応できる。

それぞれの三角柱がつながって力学的に閉じる構造とする必要があり、最低限4つの三角柱が必要である。幸い助成金をいただくことができ、4つの三角柱を制作することができた。

 

完成作品(写真提供:矢嶋一裕)

Korea

 ミナはすでに国際的に活躍するアーティストである。彼がアーティスト・イン・レジデンスプログラムに参加するため韓国に滞在するということであったので、2016年10月にソウルで打ち合わせをすることにした。私は模型を抱え、ソウルへと向かった。ミナは私の案を気に入ってくれたので、ホッとした。それにしても、日本人建築家がエジプト人アーティストとキプロスのプロジェクトのために韓国において英語で打ち合わせを行うという奇妙で国際的な経験であった。

Syria

私がパフォスへ向けて2017年4月7日に日本を発つ前日に、キプロス沿岸の地中海からアメリカ海軍が約50発の巡航ミサイルをシリアへ向けて発射した。キプロスではかつてシリアを旅行したという人々にたくさん出会った。その人たちは一様に、あれほど美しかった国の現状が信じられないと語っていたのが印象に残っている。キプロスはリゾート地として平穏すぎるほどの時間が流れていた一方で、対岸の悲惨な現状を意識せざるを得ない場所でもあった。

Cyprus

パフォスでの制作期間は15日間しかなかった。この短期間で満足な作品を仕上げることができたのは我々の作品の施工を担当してくれた大工のヤニス親子のおかげである。

ミナと私は、毎日、ヤニスの仕事場兼自宅で作業を行った。毎日楽しみにしていたのが、ヤニスの母親が作る美味しい昼食である。みんなで食卓を囲みながら様々なことを語らいあった。キプロスでは結婚式に数千人も招くようであるが、ヤニス家族を通してキプロスのおもてなし文化を垣間見ることができた。

作品設営直後から地元の人々が何処からともなく集まり、特に子供たちが作品の周りを嬉しそうに駆け巡る光景をみて、我々の作品が受け入れられたことを実感した。この作品は常設展示されており、2017年以降も街の財産として引き続き展示される予定である。

Somewhere

同じプログラム参加者として、多くの優れたアーティストと知己を得ることができた。彼らの出身国はキプロス、ドイツ、ブルガリア、モンテネグロ、エジプト、イタリア、中国、ポーランド、ハンガリーと様々であった。また、この作品は様々な人々に支えられて完成させることができた。このような素晴らしい機会を与えてくださったPAFOS2017事務局、助成いただいたEU・ジャパンフェスト日本委員会・公益財団法人野村財団・公益財団法人朝日新聞文化財団、助言をいただいた構造家の鈴木啓氏、作品制作に妥協なくつきあってくれたヤニス、そしてパートナーのミナに感謝を申し上げたい。このプロジェクトを通して出会った人々とまたどこかで再会したい。

仲間たちと共に(写真提供:矢嶋一裕)

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