伝統の大切さ、文化の力

ヒーブル・オンジェイ|なごみ狂言会チェコ 狂言師、脚本翻訳、プロジェクトオーガナイザー

私は、プロの日本人狂言師と直に協働する機会に恵まれるたびに、文化における伝統の大切さと、文化的表現の持つ力強さを深く強力に実感します。

「Tradition」という言葉は、日本語で「でんとう」という単語で表現され、「伝統」という文字で書かれます。伝統的なものはどれも単に古いものという思い込みは、昨今では珍しい考え方ではありません。しかし、「でんとう」という日本語の表現は、それに相当する英語やチェコ語の言葉よりも、はるかに古さが感じられない印象を私は受けます。それは私が、成人してから日本語を学び始めたことに関係しているかもしれません。また私は、生まれ育った環境で、単語や文字の意味を自然に心で感じ取りながら学んだのではなく、単にすべてを暗記するという不可能な作戦から解放されるために、自分の脳を酷使して、文字体系から系統だったものを見出そうと努めました。おそらくそれが、「伝統」という言葉に対する私の第一印象が、「廃れたもの」ではなく、その実際の文字が意味する「家系に伝授されたもの」となった理由なのかもしれません。

これこそが、私達が、狂言をヨーロッパで上演するにあたり、狂言に秘められた最大のインスピレーションの可能性を見出した源なのです。何世紀にもわたり、一族のあいだで磨き抜かれ培われてきたこのジャンルの素晴らしい形態と卓越性は、舞台表現の芸術形式と厳格な演技術へと成長を遂げました。これらの技法は、師匠から厳密に教えられ、誰もが学ぶことができ、また私達一座の狂言舞台でまったく異なる文化的環境であっても十分に発揮されることが裏付けられています。これを手短に表現するならば、私達は、古いから、東洋的だから、あるいは日本的だからという理由で狂言を演じているのではありません。私達が狂言に取り組むのは、これが日本語で型と呼ばれる緻密な演技術に基づいた偉大なるジャンルだからなのです。

これらの型と呼ばれる技法は、役者に形式上制約をもたらすものではありません。それどころか、この格式を重んじた表現は、私達に、会場の雰囲気を感じ取り、観客の気持ちや期待に応える自由を与えてくれるのです。こうした要素は、西洋音楽にも見出すことができます。音楽家は、本格的な芸術として音楽に取り組み始める以前に、音階や簡単な練習曲や稽古をマスターしなければなりません。ところが西洋の演劇では、こうした姿勢がほとんど見られません。おそらくこれが、チェコで20年以上も狂言を研究し演じている私や私の仲間だけでなく、私達一座に加わる特に20代の若い新人の役者達が、狂言にはその実践に時間を注ぐ価値があると感じている主な理由と言えます。

舞台上で私達が従う厳密な所作や様式は、状況のタイミングを極限まで調整する時間的余裕と自由度を与えてくれます。また観客が、他のジャンルの喜劇で経験したことのないレベルの純粋な喜びや笑いを楽しむことができます。その一方で、所作や様式といった型と呼ばれるこれらの技法は、数回の舞台や数年のあいだに編み出されたものではありません。喜劇のジャンルとしての狂言には、想像を超える複雑さがあります。読者の皆さんの時間と紙面を節約するために、たった一例だけ述べさせてください。それは、「序破急」と呼ばれるものです。これは、ゆっくりとした出だし、徐々に加速する中盤、急速な終局を意味します。このリズムは、各演目や公演そのもの全体の流れで行われるだけでなく、舞台上の役者の個々の動きがこのパターンに則ってなされるべきものなのです。

このような「ただ芝居を演じる」方法を示す深遠かつ緻密な演技体系が構築されるまでには、何百年もの年月が費やされています。そして実際に、伝統(でんとう)という文字が純粋に意味するように、この演技体系は、一族や流派のあいだで何世代にもわたって育まれてきたのです。これは、ひとつの世代から別の世代へと伝授されたのではなく、育まれてきたのです。もちろんそれは言うほど単純で簡単なことではありませんが、ある世代の目標と成果が、次世代にとっての出発点となったと言えます。それは能や狂言の場合に限って見られることではありません。日本の伝統文化において、茶道、武道、華道、陶芸、書道など、実に至るところに見受けられます。この奥深さと、微細にまでこだわる純粋な姿勢が、日本文化をこれほどまでに独特なものにしているのです。また、たとえ的確な言葉で容易に説明できなかったとしても、私達外国人にとってそれは魅力深いものなのです。このように日本文化は、世界の他の国々を感動させる大きな可能性を秘めているのです。

この演技体系を駆使し、京都を拠点とする狂言師茂山宗彦氏のご指導のもと、私達はこのたび、狂言演目『仁王』を演じ上げることに成功しました。勝ち目のない二人の博奕打が、賭博で家から何からすべてを失います。彼らは他国に逃げる前に、「願掛け」で再度金儲けをねらうという最後の突拍子もない発想を思いつきます。一人は仁王像の姿に扮装し、もう一人は仁王様が奇跡的に天下りしたと街じゅうに噂を触れ回ります。その手口が成功し、大勢の人々が供え物を持って参拝し始めます。ところが二人の博奕打は、引き時を知らず、再び失敗に終わるというものです。

私達にとって、日本人のプロの方々から直接ご指導を受けることは極めて重要です。その一方で、興味深いことに、日本人の師匠が、外国人に教える過程を通じて、新たな視点から自らの芸術を見詰めるようになります。「このお芝居ではなぜこのように物語が展開するのですか?あなたなら主人公の気持ちをどのように説明しますか?」など、彼らは日本では決して耳にすることのない質問に答えなければなりません。日本の生徒は、たいていただ師匠の指導に従うだけです。そして「愚かな」質問を尋ねることはありません。それに対し、私達ヨーロッパ人は、質問することが失礼なこととは感じていません。いえ、それどころか、3歳くらいの歩くのもままならない頃からこのジャンルを究めているプロに尋ねるチャンスがありながら、尋ねないほうが不適切だと私達は感じるのです。その結果、宗彦氏は、ヨーロッパでのワークショップの指導と公演を経て、登場人物の心理に対する自らの洞察力が著しく深まったと幾度か述べていました。さらにそれは、彼が日本で日本人の観客に向けて演じる際の演技の向上にも繋がりました。日本の伝統演劇を、またさらに言うならば、長い伝統を持つ日本に関するあらゆるものを日本とヨーロッパで行うことが、チェコ人の生徒と日本人師匠双方の当事者を豊かにしているのです。

これはある種の未来への挑戦と言えますが、どこまで深化させていけるか考えていることがあります。私達はすでに、2014年に「子ども狂言スタジオ稽古」を開始し、2019年には京都でチェコの「子ども狂言」公演を実施しました。現在は、チェコと日本の学校と連携し、人間の本質を明らかにする普遍的なツールとして、伝統的な日本の喜劇を活用する取り組みを進めています。昨年からは、私個人の取り組みとして、日本の中学校に向けてオンラインプレゼンテーションを英語で行っています。これらすべてが、私達がこれまで夢見てきたものをはるかに超えています。2025年には、京都への研修旅行と現地での公演を再び予定しています。私が個人的に今後数年の目標としているのが、プラハで子供向けの狂言クラブを開くことで、これは狂言を、単なる喜劇としてのみならず、子供達がより強い自信を持って人前で話す能力の向上を図り、自分達が本当に観客の注目を集められるということを実感してもらうためのツールとして活用するというものです。これはおそらく、AIや他のどんな技術革新にも取って代わられることはないことでしょう。

600年もの歴史を誇る演劇が、私達人間の不完全性を素晴らしく描き出しています。何世紀もの歳月が流れ、技術開発は考え得る限界を超えつつあります。その一方で、私達人間は、何世紀も前と変わらず不完全のままです。狂言から観客に発信されるこのメッセージは、ヨーロッパを舞台にチェコ語で上演されることでよりいっそう力強さを増します。ある説によると、能の元来の目的は、演劇を通じて観客を悟りへと導くためのものだったと言われています。自分達が人々に悟りをもたらしているかどうかは分かりませんが、狂言のユーモアは、人々に思考を迫ります。それはとりわけ今日において、極めて不可欠なことに思えます。そして私は、日本の伝統演劇を通してその一端を担えることを、とても幸せに感じています。