「時間はある!」

マリ・カルクン|ミュージシャン、歌手、「アイグ・オム!フェスティバル」アーティスティック・ディレクター

私は南エストニアの森林地帯の出身で、私の家族は小さな村にある薪で暖をとる家に暮らしています。これは東京や渋谷のスクランブル交差点などの喧騒とした都会の雰囲気とは非常に異なる環境です。それでも、15年以上も前に初めて日本を訪れて以来、私は日本人とエストニア人のある種の神秘的な繋がりを感じてきました。私はミュージシャンとして、長年にわたり日本各地の多数の都市を巡る傍らで、神道について学び、山あいの森林に佇む神社を訪れる機会にも恵まれました。自然は生きていて、そこには魂が宿っているという信念は、多数の現代のエストニアの人々の精神にも、今なお息づいています。その繋がりとは、私達の心の中のアニミズムに秘められているのでしょうか、それともどちらかというと生き方や自然への敬意に関係しているのでしょうか?こうした疑問が、長い間私の頭から離れませんでした。そんななか2024年が、私に、日本の森林専門家やミュージシャンをアイグ・オム!フェスティバルに招聘し、自分自身で確かめてみるチャンスを与えてくれたのです。

「アイグ・オム!」とは、地元のヴォロ語で、「時間がある」や「ゆっくりでいいですよ!」という意味があります。この言い回しは、単に受け身に怠惰に過ごすことを意味するのではなく、それどころかはるかに有意義な行動で、まさに今ここにいること、すなわちその瞬間を生きるという術であるといえます。アイグ・オム!フェスティバルでは、参加者と観客が、よりゆっくりとした、より自然と結びついた生き方を大切にするよう促すことを目指しています。これは、風光明媚な南エストニアを舞台に開催される、音楽と森とスポークン・ワードのフェスティバルなのです。

2024年アイグ・オム!は、才能溢れる日本人アーティストの参加が特徴的で、ともに伝統と自然界に対する畏敬の念に深く根ざした、エストニアと日本の文化間の類似性を探る独特な機会をもたらしました。私達は、日々の実践が自然と森に結びついた日本からの出演者を招聘することにひときわ関心を寄せていました。クリエイティブパートナーの小巖仰氏とともに私達は、森に従事する坂本大三郎氏と三浦豊氏、そして音楽家の斉藤耕太郎氏と井上新氏といった出演者を見つけ出し、後に彼らは、本フェスティバル会期中、私達にとって家族のような存在となりました。公演に向けた準備のため、フェスティバルに先立ち、森と音楽のレジデンシー活動が企画されました。私達の目標は、対話の創出でした。時間をかけて準備を進めながら、公演の前にアーティスト達に、お互いや地域の環境について理解を深めてもらうことが、このプロセスにおいての重要な要素だったのです。これには、ユネスコ無形文化遺産に指定されている、ヴォル地方の伝統的なスモークサウナももちろん盛り込まれました!

Japanese forest guide Yutaka Miura explaining the Japanese way of thinking about the trees at Aigu Om Forest Day © Birgit Pettai

私達はフェスティバル来場者をお招きし、森林散策と日本の森の案内人である三浦豊氏とのディスカッションを体験していただきました。アーティストで文筆家でもある坂本大三郎氏は、山伏の古代からの習わしに関する深い知識を共有してくださいました。この森林散策では、苔の柔らかな感触や森の土の匂い、そして心地よい音色といった、自然が奏で上げる感覚のシンフォニーを感じることができました。坂本大三郎氏が古来の山伏の儀礼を執り行った瞬間、暫し時間が明らかに止まったと私は感じました。この体験は、自然が放つ癒しの力を強力に再認識させるものがありました。それとともに私達は、種子のある果実は、中に天神様が宿っているので食べてはいけない、湿地の小径では道を踏み外してはならないといった、数々の顕著な信条の違いを発見しました。エストニア人にしてみれば奇妙な物事も、日本人にとっては全く理に適ったことなのです。日本人ゲストから教わったこうした発見により、私達は、自然の繊細さについて、そして私達エストニア人がある物事に対しあまりにも軽く考えていたか、あるいは当然のことと思い込んでいたのかもしれないということに、改めて気づかされたのです。

コンサートプログラム「Mõts/Mori/Forest(森)」のプレミア公演が、サポート役のライブ映像とともに、違った趣の森の解釈をもたらしました。日本人とエストニア人によるコラボレーションから生まれたオリジナルの楽曲が、昔ながらのこぢんまりとしたアイグ・オムの納屋で披露されました。この作品の瞑想的なサウンドスケープは、東京の都会の空気感のなかで作曲されたものですが、エストニアの農村を背景に演奏されました。この作品では、森がむしろシンボルとなり、小さなミツバチの営みと都市に暮らす人間の類似性を表現しました。この流れるような夢心地な音色の旅は、大地と都市、自然と人間をひとつにしたのです。

Aigu Om Barn atmoshpere before the concert © Jassu Hertsmann

日本人アーティストとのこのコラボレーションは、確実に本フェスティバルに独特な側面をもたらしました。自然に対する共通の愛や、スローダウンする方法の探求、さらにシンプルさと伝統の重視が、二国の文化間に力強い結びつきを生み出したのです。私は、本フェスティバルが閉幕する頃には、自ら抱いていた問いに対し、数多の答えを得ることができました。その一方で私は、説明や言葉で表現できない大切な要素が存在することにも気づきました。これらは、感じたり、触れたり、目にしたり、耳にしたりしなければならないことなのです。

今日の世界で、私達の慌ただしい生活において最も足りないのが、時間です。日々の決断に加えて、本フェスティバルの活動が、このシンプルでありながら重要な価値を再認識させてくれます。時間をかけることで、私達は体験し、気づき、観察し、創造し、真の繋がりを築くことが可能になり、一番大切な本質に命を吹き込むのです。私は、本フェスティバルの2024年特別日本企画の開催により、私達が生涯続く強さを帯びた友情と繋がりを生み出すことができたと実感しています。