道場オペラ

ガブリエーレ・リビス|芸術監督
ピッコロ・オペラ・フェスティバル

2025年ピッコロ・オペラ・フェスティバルは、ゴリツィア/ノヴァ・ゴリツァの欧州文化首都開催年との同時開催となり、その多彩なプログラムと独創的な舞台作品により、力強い反響を呼びました。本フェスティバルは、例年通り、サイトスペシフィックな舞台演出を通じて、オペラを従来型の劇場の外へと持ち出しました。上演作品のなかでも、ガエターノ・ドニゼッティ作曲の『リタ』が異彩を放ちました。一幕もののこの喜歌劇は、テーマおよび舞台美術に大胆な再解釈が施され、異文化の混淆、国際性、そして若き才能の参画という本フェスティバルが掲げる芸術的アプローチを体現する上演となりました。このオペラ作品は、夫を「先制攻撃」する妻を登場させることで、喜劇的なトーンと性役割への暗黙の社会批判を巧みに両立させるとともに、ドニゼッティの天才性が光る精緻なアンサンブルや器楽曲で織り成されています。この小規模作品は、舞台設定や舞台装置によって音楽の存在感を薄れさせることなく、現代の観客に向けて、いかに生き生きと魅力的で、しかも意義深く作品を維持すべきか、という課題を呈しました。

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ピッコロ・オペラ・フェスティバルが制作を手掛けた本作は、本来イタリアの宿屋を設定とした物語の舞台を日本の道場へと移しています。この演出上の選択に至っては、「GO!2025」の枠組みで結ばれたEU・ジャパンフェスト日本委員会との連携により後押しされた異文化混淆に向けた意欲や、武道の世界が規範とする対戦相手への非暴力と敬意というアプローチを力に基づく階層的概念と対比させる象徴的意図など、複数の要因が動機となりました。こうして、家庭内暴力と解放への苦闘を既に主題としたこのオペラ作品は、哲学的かつ象徴的な再解釈を獲得したのです。演出面では、振付や学生エキストラ、さらに竹刀や対戦の礼法などの剣道の要素を取り入れることで、視覚的かつ身体的な演劇性を追求し、その結果、音楽と対話するダイナミックな空間へと舞台が変容を遂げました。本フェスティバルの文脈において、このアプローチは、東洋文化と西洋オペラを融合させることにより、若い観客層や専門知識を持たない観衆を惹き込むことを狙いとしていました。

こうした大胆な演出には、リスクが伴いました。舞台設定が原作から乖離し過ぎることで、作劇術上の整合性が失われかねないという不調和のリスクがありました。演出家は、台本の意図に忠実でありながら、東洋的な所作や象徴を「翻訳」する方法を見出す必要性に迫られたのです。視覚的要素と音楽的要素のバランスが極めて重要であり、舞台が振付や象徴性で過剰となることで、歌唱が後景に退くことはあってはなりませんでした。道場というフォーマルかつ幾何学的な空間は、親密なひとときと対峙する場面の双方を、作為的な印象を与えることなく受け入れるだけの柔軟性を保つことが必須でした。釣アンナ恵都子氏の演出は、衣裳や舞台美術を活かし、茶道や武道の動作などの日本の儀礼を想起させながら、本質的な美学に焦点を当てたことによりこうした難題を乗り切り、その一方で、学生エキストラが舞台に奥行きをもたらしました。

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もうひとつの革新が、舞台美術デザイナーのパオロ・ヴィターレ氏が盲目および視覚障害を持つ観客に向けて企画した「タッチツアー」でした。この取り組みは、観客が舞台美術の要素や衣裳、楽器に直接触れることで、このオペラ作品の多感覚的知覚体験をより豊かにするものでした。これらの選択は、本作の狙いが、単なる異国的演出の域を超え、力と調和の意義深いコントラストや相互尊重のテーマ、さらに支配と和解のあいだの内面的葛藤を追求していることを明確に示しました。主要三役は、クラウディア・チェラウロ氏(代役アリサ・イザーク氏)がリタを、マヌエル・ミロ・カプート氏がベッペを、フランチェスコ・ボッシ氏がガスパロを演じました。トリエステのマコトカイ・インターナショナルが、エキストラおよび武道指導として参加しました。GO!ボーダーレス・オペラ・ラボの舞台監督・演出コースの学生達は、本作に本質的な貢献をもたらしました。

若手パフォーマーの起用や、新進アーティスト育成の拠点としてのGO!ボーダーレス・オペラ・ラボ・アカデミーの参画により、本フェスティバルのワークショップ的特性がより一層強化されました。このアプローチは、その解釈に新鮮さと開放性をもたらす一方で、バランスや正確性を維持するため、厳密な芸術的監督を要しました。音楽監督は、GO!ボーダーレス・オーケストラを率いる楽長ジミー・チャン氏に委ねられました。視覚的演出面で、指揮者は、本プロジェクトのパートナーとしての役割を担い、出演者の動きや振付といった舞台上のリズムと音楽の拍節を、確実に同期させることが求められました。ドブロヴォ城とゴリツィアのランティエリ宮殿という非従来的な上演会場を選択したことにより、当地の地域性に光を当て、没入体験を生み出し、観客とオペラの距離を縮める結果に繋がりました。

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EU・ジャパンフェスト日本委員会、フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州、民間スポンサーならびに文化パートナーからのご支援は、このような野心的なプロジェクトを持続していく上で極めて重要でした。その結果、本作は、国際的ショーケースとなり、オーストリアやドイツからの旅行者をはじめとする国境を越えた観客を呼び寄せ、本フェスティバルの戦略において鍵となる要素を担いました。2025年ピッコロ・オペラ・フェスティバルにおける『リタ』の演出は、あまり知られていないオペラ作品を創造的に再解釈しながら、異なる文化や今の時代の感性との繋がりを模索する現代の傾向を反映しています。本作は、西洋と東洋の文化、空間と所作、さらに観客と新進アーティストのあいだで、音楽劇がいかに対話的媒体となり得るかを物語っているのです。

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今後に向けて、日本のパートナーとの協働は、明るい展望を切り拓いていきます。本フェスティバルは、『リタ』の成功を土台に、日本の文化機関やアーティストならびに教育機関とのさらなる交流を発展させながら、レジデンシーや共同制作、研修プログラムの促進を図ることで、欧州と日本の芸術的対話を深化させていくことを目指しています。オペラと武道に見出される規律や調和、創造的実験といった共通の価値観は、異文化間的美学や包摂的なパフォーマンスの実践を探究する将来のプロジェクトを触発し得るものと考えられます。こうした意味で、2025年の開催は、ピッコロ・オペラ・フェスティバルと日本のあいだに、相互尊重と探究心を通じて芸術的革新が絶えず育まれる、永続的な懸け橋の出発点としての役目を果たしていくのかもしれません。