コラム
Column幾何学を超えて:フライ・オットーと隈研吾の対話をキュレーションする
「幾何学を超えて―フライ・オットー×隈研吾―」展は、初回の企画会議の段階から、単なる従来型の展覧会の域を超え、対話や協働、さらに発見のための分野横断的な試みとなる予感がありました。私達主催者が目指していたのは、ふたりの建築家の先見的アプローチに光を当てた展覧会を形づくることでした。私達は、当初から、双方の建築家のあいだに意外性のある懸け橋を築くことにより、軽量構造で自然から着想を得たフォルムのフライ・オットー氏の先駆的作品と、隈研吾氏の民主的で素材への感性豊かな建築作品を称えることを目標としていました。オットー氏の軽量模型や研究資料から、隈氏の木組みの格子や建造物へと、来館者がシームレスに行き来できる空間的ナラティヴを構想することで、各展示が、いかに自然の構造的原理が持続可能な設計にインスピレーションを与え続けているかを明らかにしました。

隈研吾氏は、本プロジェクトを発展させる上での主軸として、自らの哲学の中核を成す五つの理念である、「自然」、「軽やかさ」、「やわらかさ」、「透明性」、そして「持続可能性」をご提案くださいました。本展は、これら五つのテーマ章で展開され、それぞれが、来場者が独自の概念的世界に没入できる設計となりました。こうして隈氏が掲げたキーワードは、本展を通じて私達がキュレーションを行う上での意思決定の指針となったのです。「自然」は、その有機的形態のみならず、木や布といった素材そのものにも顕れていました。「軽やかさ」のセクションでは、フライ・オットー氏の「モントリオール万博67パヴィリオン」と「ヘラブルン動物園鳥舎」の模型と写真を淡い照明のもとに配置することで、その非物質的に近い存在感を呼び起こしました。向かい側の壁面には、隈研吾氏のインスタレーション作品『Mêmu Meadows(メム・メドウズ)』が中央の展示台を占め、白い膜材の模型が、ランタンのような光を湛えていました。「やわらかさ」のテーマは、オットー氏のパヴィリオンが描く緩やかな曲線と、隈氏の建造物を成す繊細なレイヤリング(層)に立ち現れていました。「透明性」は、文字通りそして比喩的にも表現され、半透明の間仕切りや開放的なレイアウトを用いることで、可視性と対話性を高めました。そして最終章である「持続可能性」は、オットー氏の資源効率的な設計から、隈氏の伝統工芸と生態学的責任への取り組みに至るまで、展示全体を通じた一貫したテーマとなっています。私達は、双方の建築家を方向づけた、生態学的必然性を際立たせました。なかでも隈研吾氏の折り紙彫刻作品『Breath/ng(ブリージング)』は、その革新的な布素材は自動車排ガスを吸着し、都市汚染削減に向けた実用的応用性を示唆しており、環境デザインを証左するものとなりました。
また私達は、アーカイヴ資料の充実化を図り、両建築家の純粋主義的美学に呼応するZEROグループの美術作品を選びました。当美術館のヴォールト天井のもとで、フライ・オットー氏の半透明の膜構造模型が宙を浮遊するかのように見える一方で、隈研吾氏の温かみのある杉材の建造物が触感的な対照性をもたらしました。私達は、展示空間そのものが、生きた有機体と化していることに気づきました。それはまさに私達が紹介したいと望んでいた、軽やかで応答性の高い設計の原理を体現していたのです。このナラティヴをより豊かにするため、私達は、石鹸泡のパフォーマンスで知られる同地域のアーティスト、ステファニー・リューニング氏を迎え、サイトスペシフィックなインスタレーション作品を制作していただきました。彼女の色鮮やかで儚い泡のインスタレーション作品は、オットー氏と隈氏双方の作品の中心的要素であるやわらかさと非永続性と響き合っていました。リューニング氏の参加により、遊び心と触感性に富んだ側面が加わり、あらゆる年齢層の観客を魅了しました。

私達は、本展の展示に躍動感をもたらし、多様な観客を巻き込む一連のアクティビティをご用意しました。模型づくりワークショップでは、家族連れや建築学生に、パヴィリオンのミニチュア模型を組み立てながら、オットー氏の資材節約の精神と隈氏の匠の技を再現していただきました。Garage-Campus(ガレージ・キャンパス)との協働により、独日の学生交流が実現し、22世紀の建築ヴィジョンについての討論の場が設けられ、持続可能性に対する世代間の視点が浮き彫りになりました。教育担当者からは、これらのワークショップが、生態学的な建設理念に寄せる純粋な熱意を掻き立てたとのご報告をいただきました。一般公開日には、隈健吾氏ご本人が本展を訪れ、今回の作品に関する講演を行い、ひときわ印象的な出来事となりました。

本プロジェクトの成果を振り返り、私達は、その異文化間対話の豊さに感銘を受けました。結果として、「幾何学を超えて」展は、展覧会が革新や教育、コミュニティ形成の触媒となり得るという私達の信念を裏付けるものとなりました。私達は、オットー氏の先見的試みと隈氏の現代的解釈を織り交ぜることで、単なる回顧展以上のものを創出しました。建築に秘められた生態学的知恵や社会的願望を反映し得る可能性についての継続的な議論を呼び起こしたのです。私達は、「幾何学を超えて」展の開催を通じて、建築をキュレーションすることとは、単なる記念建造物や図面の展示に留まらないことを教わりました。それは、実験を繰り広げ、対話を促し、人々が触れ、作り、考察する力を後押しするということを意味しているのです。私達は、フライ・オットー氏と隈研吾氏を共通のナラティヴに位置付けることで、幾何学を超えた、開かれた建築を明らかにしました。それは自然、軽やかさ、やわらかさ、透明性、そして持続可能性に根ざしており、手作りの泡や編み込まれたパネルのひとつひとつに息づいています。結論として、本展は、建築が流動的な自然の原理を取り込むと、それが世代や文化、そして分野の懸け橋となることを示しました。今後長年にわたり、フライ・オットー氏と隈研吾氏が残した教えは、建造物のみならず、私達の集合的想像力をも形成し続けていくことでしょう。

