BONSAIで繋がる世界

森 隆宏|盆栽もり 代表

「BONSAI」は「SUSHI」「JUDO」などと同様、世界共通語として使用されている日本語である。他国において盆栽を知っているかと尋ねれば、多くの人が「小さい樹」「芸術作品」 と躊躇なく形を捉えられるであろう。

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盆栽デモンストレーション

盆栽は、平安時代末期頃に中国から伝わり、貴族や武家に愛好されてきた。当時の様子は春日権現験記絵巻(1309年)や慕帰絵詞(1351年)等の絵巻物の中にも描かれており、 どのように鑑賞されていたかを窺い知る事が出来る。江戸時代後期には浮世絵等にも登場し、上流階級から庶民まで幅広く愛好され、そして今日に至るまで幾多の繁栄と試練を乗り越えて発展してきた。海外で広く知られるようになったのは、1937年のパリ万国博覧会への出展が初めとされる。終戦後は、国外への寄贈や海外有名雑誌への記載、東京オリンピック(1964年)や大阪万国博覧会(1970年)における展示会を通して更に知名度が上がるきっかけとなった。

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森氏(左)とオンジェク氏(右)

欧州における愛好家は、年々増加しており人々の関心は非常に高く、ミニチュアツリー、アートとして認知され、日本人から技術指導を受けたプロの作家も多く存在する。彼らは、日本を目標としながらも、 国を越えて交流し、技術の錬磨や大小の展示会を開催することで、著しい成長を続けている。
スロバキア共和国では、1980-85年の間に始まり、愛好者数は子供から大人まで約1000人。驚くべきは、毎年4月に開催される盆栽を軸にした複合イベント「BONSAI SLOVAKIA」(1997年-)に、約40000人の来場者を集めるという。
このような背景もあり、本事業は愛好家に留まらない、多くのスロバキア人の関心を集めているようだ。

5月24日から28日の日程で、「欧州文化首都コシツェ2013」盆栽部門を担当した。実質滞在期間は3日。デモンストレーションでの技術や表現方法の披露だけではなく、継続する交流を築くことを意識しながら本事業に取り組んだ。

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24日午後2時にコシツェ空港に到着。ホテルにチェックインを済ませるとすぐに、車で1時間程離れたコシツェ近郊に住む盆栽愛好家ロシュコシュ氏を訪問する。氏は今回の会場に多数出展する、 スロバキアを代表する愛好家であり、自宅には100点を越える盆栽を所有している。日本からの訪問者に対し、愛情をかけて育てる盆栽について楽しそうに語る氏の言葉からは、盆栽と過ごす日々と精神的な豊かさを感じることができた。

海外において感心させられることは、家庭内において盆栽を趣味とすることに理解があるということだ。盆栽が悪い趣味、ということでは決してない。盆栽は生き物であり、動物のように連れて出かける事もできない。 日々の管理を必要とするため、日本の愛好家は「旅行に行けない」「水やりを家族に任せられない」など、家族からの理解や協力を得るために苦労すると聞く。海外の愛好家にいたっては、盆栽を通して家族内での会話が生まれ、 他の愛好家家族との交流に発展する話題性を持つ材料になるのである。好きな事をするために、倍の愛情を家族に与えているということか、実際のところは分からないが、大変羨ましくもあり、愛好家が増えるひとつの要因ではないだろうか。

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盆栽展会場となったハウス・オブ・アート

25日午前8時、会場の展示作業を開始。約70点の作品を展示する。その内スロバキア大統領イヴァン・ガシュパロヴィッチ氏の作品3点が特別席に展示された。 他国の大統領が盆栽を愛好していることは、日本人として大変喜ばしく光栄である。1階から3階まで盆栽が展示され、日本での展示同様、「卓」(盆栽を乗せる台)を使用した作品も数点あった。 展示されている樹種は自国のもの以外に海外からの輸入品も見られた。もみじ、いちょう、赤松、五葉松など日本人に馴染みの樹種も多く、日本から年間30000本(2009年調べ)が輸出され、 多くが欧州へ運ばれていることから、日本の盆栽が高い憧れを持つ商品となっているようである。

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スロバキア大統領イヴァン・ガシュパロヴィッチ氏の作品

26日、デモンストレーション本番。デモンストレーション用に3点盆栽を用意したが、その中からスロバキアで採取された「イブキ」を使用する事にした。 予期していた所用時間より短かったため、事前に整理されていない状態の樹の枯れ枝や本番で除去する主要な枝以外をあらかじめ剪定する。 本番は、通訳とアシスタントをスロバキアで最初の盆栽専門店Bonsai Studio Nitra(1988-)を営むオンジェック氏に協力して頂いた。質疑応答を交え、盆栽の見方や作り方等を解説しながら進行する。 スロバキア語に訳された解説は、氏の盆栽に対する造詣の深さもあり、観衆の雰囲気からも的確に伝わっていることが見てとれた。作業前の状態から凝縮の美「盆栽」へと仕上げるべく、 不必要な枝を半分以上剪定し、切除した太い枝をジン(枝が枯れ白く白骨化した状態の部分)に彫刻し、針金を使い然るべき場所に枝を誘導し形を整えていく。愛好家であれば理解出来る作業であるが、 初めて盆栽を作る工程を見る方にとっては、植物を苛めているかのようにも見られかねない。今後の管理が大切なのはもちろんのこと、樹が人間の寿命を越えて人々の目を楽しませる盆栽として生まれ変わり、 生きる芸術として感動を与えるであろうことを、丁寧に伝えなければならない。愛好家以外も多く集まるデモンストレーションには、生き物を扱う難しさがある。

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ロシュコス氏の盆栽庭園にて

冒頭で述べたように盆栽はローマ字の「BONSAI」として世界中で楽しまれている。現在は日本を頂点として捉え、技術面のみならず、優秀な作品の数でも他国より先行していると思われるが、 遠くない将来、技術・作品共に日本を追い抜く国が出てくることは十分にあり得る。それは海外に進出した文化が必ず迎える試練であり、反面では真に世界で市民権を得た証拠とも言えるであろう。

長い年月をかけて育まれた日本の盆栽だからこそ、今後もどのように世界へ発信し続けるかを考察し、職人・研究者・異業種とも連携しながら導き出す必要がある。そのためのフォーラムを開催することや、高齢化する日本の盆栽界に若いインターネットユーザーを巻き込むことなどが、世界と繋がるきっかけとなるであろう。BONSAIが一つの文化交流となっているのが疑いのない事実である以上、日本人として成すべき事を一つ一つ形にしていきたい。