コラム
Column岩崎貴宏 オウル2026『クライメート・クロック』への参加
岩崎貴宏氏は、私、キュレーターのアリス・シャープにより、プロジェクト『クライメート・クロック(気候時計)』に選ばれました。本プロジェクトは、アート、科学、自然を織り交ぜた恒久的なパブリックアートトレイルに参加し、環境への意識を高め、自然の時間と私たちを再び結び付けることを目的としています。
クライメート・クロック(気候時計)は刻々と時を刻み、雪は溶けていきます。そして私たちは、先人たちが知っていたことを新たに理解し始めています。すなわち、時間は私たちの思い通りになるものではなく、自然には自然の時間があるということです。『クライメート・クロック』のアーティストたちは科学者たちと協力し、私たちを自然の時間へと再び繋げます。彼らは、自然界に根ざしたアイデアを通じて、現代のスピード社会の支配から私たちを守り、緩やかな時間を手に入れる手助けができるでしょうか?
『クライメート・クロック』は欧州文化首都オウル2026の主要プロジェクトであり、岩崎氏は、現地に滞在し、科学者からアドバイスを受けながら作品制作を行う7人のアーティストの1人です。オウルは世界最北の都市の1つです。北極圏のすぐ南に位置し、地球のその他の地域の4倍の速さで温暖化が進む、気候変動を映し出す自然の冬の鏡です。『クライメート・クロック』では、この急速な温暖化が気候や自然体系にどのような変化をもたらしているかを検証しています。 水平線に沈む太陽の低い光が照らす冬の素晴らしい白さ、起伏のある雪に覆われた暗い川、凍った海を横断する氷の道、緑豊かな短く暑い夏、先史時代まで遡る海氷での漁業などの地元の風習など。 これらは、オウルでは日常の一部であり、当たり前の光景ですが、この地を訪れる人々にとっては驚くべき光景でしょう。
私は、岩崎貴宏氏の作品におけるミニチュアの使用や、インスタレーションにおける反射や建築にも興味を持っています。岩崎氏のアイデアが、オウル近郊の田舎のひとつであるイルキミンキに異なる視点を提供してくれると感じました。彼の作品は、2017年に岩崎氏がヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展で日本館代表を務めた際に、初めて目にしました。 岩崎氏の『Turned Upside Down, It’s a Forest (逆さにすれば、森)』は、小規模なオブジェや風景を展示していましたが、同時に、日本の伝統的なパビリオンを木で精巧に再現した立体作品も展示していました。
また、ソウル市立美術館(韓国)、モスクワ現代美術館(ロシア)、クイーンズランド・アート・ギャラリー(オーストラリア)、パレ・ド・トーキョー(フランス)など、多くの国際的な展覧会での彼の作品にも感銘を受けました。
オウル2026の国際プロデューサーのクラウディア・ウールガーと私は、現地視察のために岩崎貴宏氏をオウルに招待しました。岩崎氏は、作品の展示場所となるイルキミンキを訪問し、作品の設置計画ついて下見を行いました。2024年3月に現地に到着した岩崎氏は、まだ地面に雪が厚く残っていることに驚いていました。
イリキミンキに初めて到着したとき、まず最初に訪れたのは、18世紀のフィンランドの著名な建築家ヤコブ・リーフが設計・建築した美しい教会でした。地元の方に親切に案内していただき、木製の聖壇や彫刻が施された天井など、歴史ある美しい内装を見学することができ、大変感激しました。岩崎氏は、イリキミンキ教会の外観の左右対称の形にすぐに惹きつけられました。ヤコブ・リーフは新古典主義の伝統で訓練を受け、黄金律に従い、自然界の左右対称性をデザインに取り入れています。
教会の裏手にはキイミンキ川が流れており、川面は凍りついていました。そして、夏には家族連れが泳ぐ小さな野原に、彼の新しい彫刻作品を設置する場所を見つけました。
自然の中の雪の上を歩くと、地面から約1メートルの高さのある雪の上を歩いているため、まるで空を飛んでいるような感触でした! オウル2026のフィンランド人の友人たちは、これは3月か4月頃の晩冬に雪の表面が凍って硬くなる現象で、歩くと足が雪の表面を突き抜けて落下してしまうこともあるのだと教えられ、とても驚きました!
この場所はまた、地元の伝統的な夏の祭事であるタール祭りの会場でもあります。かつては、地元の樹木から樹液を採取してオウルで製造されたタールを、巨大な盛り土の上でゆっくりと燃やし、大型船の防水・密閉用として世界中に輸出されていました。
岩崎氏は、自身のアイデアをさらに展開させるために、検討すべきことが多くありました。彼は雪について詳しく調べたいと望んだ為、彼とコラボレーションするのにふさわしい科学者を探し、イルキミンキ育ちでオウル大学の雪水理学者ペルッティ・アラ=アホ氏と知り合いました。アラ=アホ氏とのオンライン会議を通じて、岩崎氏は、河川の水量を予測するために雪の含水量を測定する彼の科学的調査について学びました。洪水が起こるかどうか、そして人間と自然の両方に十分な水量があるかどうか。気候変動により、降雪量は変化しており、その水分密度と含水量も変化していると彼は言いました。岩崎氏は、科学的機器だけでなく、鉛筆や指を使って雪の密度を測定する彼の手法を非常に気に入りました。また、ペルッティ・アラ=アホ氏の美しい雪の結晶の画像にインスピレーションを受けていました。
岩崎氏は訪問後、科学者と会ったことでとても考えさせられたと言い、次のように話しています。「科学者は、普通の人の目では気づかないようなものを見ることができます。時には鳥の視点で雪を眺め、またある時には昆虫の視点で眺めるのです。雪の研究についてペルッティ・アラ=アホ氏と話した後、私たちが大気中で作られた無数の小さな構造物の層の上に立っているという静かな驚きを再認識しました。」