隔たる世界で現代アーティストが織り成す芸術としてのタペストリーの物語

デボラ・エヴァース |欧州文化首都ゴールウェイ2020文化プロデューサー、
国際現代タペストリーシンポジウム・展覧会ディレクター

タペストリーづくりの伝統は何千年もの歴史を誇り、また絶えず進化を遂げています。現代のタペストリー作家達は、新たな素材や表現形式を駆使し、タペストリーの制作プロセスの探究および再定義に取り組み続けています。タペストリーを取り上げ、芸術の枠組みにおけるこの独特な羊毛の伝統にスポットライトを当てたこの展示は、欧州文化首都ゴールウェイ2020の公式プログラム「PROJECT BAA BAA:牧羊とそれにまつわる伝統の祭典」の一環として実施されました。

国際現代タペストリー展覧会に出展された手織りのタペストリー作品群は、制作に二年間もの歳月が費やされ、そのデザインおよび創作はどれもそれぞれ独創的です。完成作品には、ミクロ的にもマクロ的にも、巧みな技術が如実に表れています。使われた素材や表現形式を問わず、これらの作品は何百年と持ち堪えることでしょう。技術的進歩により、今やタペストリーは機械織りが可能となった一方で、現代のタペストリー作家の多くが、今なお伝統的な手織りの技法を用いています。これらのタペストリーは作家の手で織り上げられ、主に羊毛が使用されています。これらの作品は、現代的でありながら、長年にわたって続く織物で物語を紡ぐ伝統をつないでいるのです。本プロジェクトの目的は、世界有数のタペストリー作家とその作品を展覧会の場で披露するとともに、シンポジウムを通じて意見や専門知識を共有することにあります。 

 

50年ほど前になりますが、私は14世紀に作られたある大きなタペストリーを目にしました。そこには非常に細やかな描写が施されていました。そのタペストリーを眺めながら、子供ながらにそのナラティブが汲み取れたことを覚えています。それはシンプルな内容の物語でしたが、極めて繊細に描かれていました。私は魅了され、喜びを感じました。なぜならばその絵柄が絵画や彫刻よりも躍動的で温かみがあり、作家の手の存在が感じられたからです。私のなかで、物語を語るという審美的伝統と、ナラティブを紡ぎ出す人間の努力が結びついたのです。その後、あらゆる表現手法の展覧会のキュレーションを行って参りましたが、タペストリーだけは例外でした。現在タペストリーの製織を理解するには、学問として学ぶか、あるいは作家の工房に足を運ぶか、展覧会やカンファレンスやワークショップに出席する必要があります。我々の暮らしにおける羊の役割への称賛をテーマとした欧州文化首都ゴールウェイ2020のプロジェクトを展開するにあたり、私は羊毛に関連した数々の伝統を提示する課題を任されました。すぐさま思い浮かんだのがタペストリーで、そのストーリーに息吹が吹き込めるように、私に知識と手引きを提供することのできる、この芸術に関わる人物をアイルランド国内で探しました。国際現代タペストリー展覧会のキュレーターを務めるフランシス・クロウ氏と出会えたことを、私は非常に嬉しく思っています。その展示は現在、アイルランドのクレアゴールウェイ城と、オンラインで世界に向けて公開されています。フランシス氏は、本国アイルランドで開催されている、国際繊維フェスティバルの創設者でもあります。

彼女は、スコットランド在住のジョアン・バックスター氏をご紹介くださいました。お二人はともに8名のプロのタペストリー作家を擁する、アイルランド人とスコットランド人作家による隔年開催のタペストリー展覧会をすでに展開していたという経緯もあり、フランシス氏とともに本展の共同キュレーションを依頼しました。また両氏は世界各地の多数のプロのタペストリー作家ともお親しいことから、海外のタペストリー作家にも本展への参画を呼びかけることで意見が一致しました。私はお二人に、ご自身の観点から世界各地からの異なるスタイルの現代タペストリーを表現していると思われる作家の選出と招待をお願いしました。そのリストには、様々なナラティブ様式や異なる技法を駆使した多彩な作家が挙げられていましたので、本フェスティバル参加に招待する作家はほぼ決定していたに等しかったものの、他にもリストに含めるべき作家がいるのではないかと感じたことから、私は世界クラスのタペストリー展覧会とシンポジウムを経験するため、2019年3月にスコットランドのエジンバラで開催されたコーディス賞展覧会・シンポジウムを視察訪問することに同意しました。私自身も、スコティッシュ・ダヴコット・スクールの存在とタペストリーづくりにおけるその歴史について存じていましたので、このタペストリーのメッカであるこの場所に赴くことは、至って当然の流れといえました。

私はエジンバラで、コーディス賞の最終候補に選ばれた作品のひとつである、藤野靖子氏の作品を目にしました。展示作品はどれも美しく、その多くがごく伝統的で、北欧の昔ながらのスタイルやモチーフを反映された作品であったり、あるいは新奇なものでゴム素材を用いた彫刻的な作品がみられました。そのなかで靖子氏の作品は、他とは異なるスタイル、モダンさ、大きな一作品に同居するシンプルさと複雑さといった点で異彩を放っていました。私は作品の真横に立ち、その技巧をじっくりと観察しました。そして後方に引いて立ち、それが生み出すインパクトを吟味しました。そして再び、私はそのナラティブを汲み取ったのでした。

その後思いがけなく靖子氏にお会いでき、私は欧州文化首都ゴールウェイ2020を祝う一環として開かれる国際現代タペストリー展覧会への参加をご検討いただけないか尋ねたところ、靖子氏は快くご承諾くださいました。

Yasuko Fujino
RE COLLECTION
2020
Wool, Silk, Cotton
200cm x width 300cm
©Makoto Yano

藤野靖子氏の作品が盛り込まれたことにより、本展そして参加作家は、世界各地のウィービングタペストリーの珠玉の作品例の数々を観客に示すことができました。靖子氏の参画は、EU・ジャパンフェスト日本委員会事務局によるご支援のおかげで実現したもので、靖子氏の大型作品の輸送と、展覧会、図録そしてシンポジウムへの参加を可能にしてくださったことを、ありがたく感じております。

日本、カナダ、オーストラリア、ポーランド、デンマーク、フランス、スコットランド、アイルランドから42点の作品が寄せられました。新型コロナウィルス感染防止規制により、壁に取り付けられる作品数が限られていたことから、共同キュレーターのフランシス・クロウ氏と10名の作家によるコラボレーション作品のキュレーターであるテリー・ダン氏の二名の参加者は、クレアゴールウェイ城での展覧会に向けて、ゼネラルマネージャーのマイク・ハーウッド氏からの頼もしいお力添えに助けられながら設置作業に取り組みました。作品が、修復された14世紀のお城の一階部分のほか、修道院内、大廊下や大居室にも展示されたことにより、これらの場所が作品のための最高の背景となり、各作品が間隔に余裕をもたせて配置されたことで、鑑賞者向けの展覧会の写真や映像の撮影が容易となりました。この撮影素材は、本展をオンライン公開する際に使用されました。国際現代タペストリーの祭典は、クレアゴールウェイ城を舞台に同時開催された「Tapestry 20/20」、「Interconnections」、「Timelines on the Edge」の3つの展覧会と、オンラインシンポジウムで構成されました。「Tapestry 20/20」展は、アネット・ブルスガード氏(デンマーク)、ウラディミール・サイガン氏(ポーランド)、トマ・ユエン氏(カナダ)、ヴァレリー・カーク氏(オーストラリア)、マリー・ソメット・ブリチャード氏(フランス)、EU・ジャパン日本委員会のご支援により招聘を果たした藤野靖子氏(日本)、そしてリンナ・デュフォー氏(カナダ)といった世界一流のタペストリー作家の作品を披露する展覧会です。「Interconnections」展は、スコットランドとアイルランドの現代タペストリー作家により隔年開催されているコラボレーション展覧会です。これらのタペストリー作品は、過去二年間にわたり8名のプロのタペストリー作家によって制作されたもので、アイルランドからは、フランシス・クロウ氏、メアリ―・カースバート氏、テリー・ダン氏、アンジェラ・フォルテ氏が、アイルランドからはジョアン・バックスター氏、ジョン・ブレナン氏、クレア・コイル氏、エリザベス・ラドクリフ氏が出展しました。「Timelines on the Edge」展では、10名のタペストリー作家が10 x 12フィート(約3 x 3.65メートル)の一枚のコラボレーションタペストリーを織り上げました。作家達は共同でデザインをまとめ、織機を設置し、緯糸を仕上げました。この展示には、キャサリン・ライアン氏、フランシス・クロウ氏、フランシス・リーチ氏、ヘザー・アンダーウッド氏、ジョアン・バックスター氏、ローナ・ダンロン氏、ミュリエル・ベケット氏、パスカル・デ・コーニンクし、テリー・ダン氏、トリシュ・キャニフ氏らの作家が参加しました。

この展覧会を記念し、オーストラリア、カナダ、デンマーク、フランス、日本、アイルランド、スコットランド、ポーランド出身の作家によるタペストリー作品を掲載した展覧会カタログが作成されました。こちらはオンラインにて発売中です。このカタログは、本展に関わった作家達による二年間にわたる手織りタペストリー作品づくりへの感謝の証であり、展示作家の作品を象徴的に著したものです。

 

残念なことに、行動制限措置がレベル5に引き上げられたことにより、展覧会およびシンポジウムは、オンラインでの開催のみに限定せざるを得ませんでした。レスリー・ミラー教授がモデレーターを務めるなか、「国際タペストリーシンポジウム:経験、成長、再生」が10月31日土曜日にバーチャル開催されました。レスリー・ミラー教授MBE(英国)による基調講演に続き、アネット・ブルスガード(デンマーク)、ウラディミール・サイガン教授(ポーランド)、トマ・ユエン氏(カナダ)、ヴァレリー・カーク氏(オーストラリア)、マリー・ソメット・ブリチャード氏(フランス)、藤野靖子氏(日本)という顔ぶれの登壇者と、リンナ・デュフォー氏(カナダ)とテリー・ダン氏(アイルランド)による「Timelines」コラボレーションプロジェクトについてのプレゼンテーションがミラー教授により紹介されました。作家、評論家、学者で成るパネリストは、「タペストリーとは何か」という問いと、現代美術の実践という枠組みにおける創造的表現手法のひとつとしてのタペストリーの未来についての考えを尋ねられました。本シンポジウムは観客に、これらの世界各国の9名のタペストリー作家からの貴重な知見を耳にし、専門技術を目にすることのできるメリットをもたらしました。この伝統に向けた合計17の異なる視点とアプローチが示されたことになります。参加登壇者の方々のお話を伺いながら、私達はこの表現手法、その可能性、さらには今後の発展について実に多くのことを学びました。

私達は、現在世界で活躍する最高峰のタペストリー作家の数々をご紹介し、シンポジウムを通じてこれらの作家が描くビジョンを共有するという目標を達成できたことを、大変喜ばしく思っています。イベント全体をオンライン化したことにより、本フェスティバルの観客層が間違いなく拡大しました。これは付加的なメリットとなりました。オンライン上の存在感とソーシャルメディア活動の強化が奏功し、現時点で千人を超える展覧会およびシンポジウムの視聴数を記録しています。これらの作家の作品が、これまでよりはるかに幅広い観客の目に届けられたのです。これらのイベントは、アイルランドならびに欧州、さらには世界に存在する広大なコミュニティーにおいて、タペストリーに大いなる恩恵をもたらしました。こうして得られたタペストリーという表現手法への賜物は今もなお息づいており、それは12月にデンマークで開かれるArtapestry6や2021年に米国で開催予定のArt Allianceといった取り組みへと注がれています。それはまさに、隔たる世界でこのタペストリー織物の芸術を祝う祭典そのものといえるのです。

私達は、展覧会カタログの編集に際してご尽力くださったレスリー・ミラー教授、ジョアン・バックスター氏、ローナ・ダンロン氏に感謝申し上げたいと思います。作家、登壇者、マスタークラスワークショップの講師達も、このタペストリーのプレゼンテーションと、作家ならびにその作品を記録する本カタログの作成にあたりご協力くださった皆様に感謝の意を表しています。これらの作家陣を一堂に集め、取りまとめてくださったキュレーターのフランシス・クロウ氏、ジョアン・バックスター氏、そしてテリー・ダン氏に、特別な感謝を送ります。欧州文化首都ゴールウェイ2020ならびにスポンサーの皆様、ゴールウェイ市、そしてEU・ジャパンフェスト日本委員会からのご支援は、本展およびシンポジウムをプロデュースする上で極めてかけがえのない存在となりました。本プロジェクトは、アーツセンター、ロスコモン県、ロスコモン県議会、さらにクリエイティブ・アイルランド・プログラムの後押しを受け地域産業振興室からのご協力をいただきました。また、「Timelines on the Edge」のコラボレーションタペストリー作品にご協賛くださったウィーバーズ・バザール社、カドガン・ラグメーカーズ社、ディクソン・カーペット・カンパニー社にも感謝いたします。私達は、欧州文化首都ゴールウェイ2020の公式プログラム「PROJECT BAA BAA:牧羊とそれにまつわる伝統の祭典」の一環として芸術としてのこの独特な羊毛の伝統にハイライトを当てることができたことを光栄に感じております。

 

デボラ・エヴァース

 

*クレアゴールウェイ城にて開催された展覧会の様子を、下記リンクよりご覧いただけます!
(藤野靖子氏の作品は0:20の画面にてクローズアップされています)
https://youtu.be/VjHvPRDFiB0