サルヴェール氏の指導を受けて

近藤和子|福島県立四倉高等学校  教諭

東日本大震災後、音楽をするような気持ちになれず、授業を行っていたところ、エストニアの合唱指揮者のサルヴェール氏にお会いすることができ、私の音楽に対する考え方が変わりました。私自身中学生の頃から合唱をやっており、今でも合唱団に入って活動しています。合唱部の無い四倉高校で「うたうこと」を植えつけていくのは、とても大変で、時間がかかります。毎年生徒たちは入れ替わり、同じことを繰り返し、やっと校歌を高らかに歌えるようになったでしょうか。決して、自分に自信を持っている生徒だけでは無いため、良いところを誉めてもなかなか信じてもらえないのが現状です。私の目標は、授業の中で合唱をすることです。ハーモニーが教室中に響き渡り、子供たちが気持ちよく声を出すことができるようになることです。抵抗無く声を出すことができるように、いろいろと工夫をしている毎日です。

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5月31日(火)の6校時目、いよいよサルヴェール先生が来校することになりました。前もって生徒には伝えており、本当にこの日を心待ちにしていました。授業が始まり、サルヴェール先生の話が始まりました。熱心に耳を傾け、集中して聞いている生徒たちの姿を見て、涙が出る思いでした。合唱で平和を取り戻したこと、日本の天皇陛下の前で歌ったこと、エストニアの歴史など、1時間の授業では学びきれないほど、深い内容でした。歌うときに一番大切なことは呼吸を上手に使うことなのです。サルヴェール先生は、体を使って美しい声を出すことに力を入れていました。正しい呼吸があって、その上に声が乗っている、今までとは逆の発想でした。今までは、声を出して、腹筋も使うことばかり考えていましたが、それではいつまでたっても上達しませんでした。そして、先生は、音楽の力だけで、子供たちを引きつけて指導していくということ、たとえ声を出していなくても、声を出したくなるような空間を作っていくのだと感じました。今までの授業では、声を出していない生徒、一生懸命でない生徒に注意をし、その後の授業が気まずくなってしまいます。先生は、絶対に諦めることなく、「もっと良くなる、皆さんはもっとできるんだ。」と常に声をかけ、励まし続けてくださいました。私自身、今までの授業を振り返り、反省をすることもありましたが、多くの希望を持つこともできました。私の中に新たに加わった目標は、「あきらめない」ことです。真剣に生徒に向き合って、一緒に音楽を楽しみ向上していくことを心の中に誓いました。

v38_DSCN6489_300 授業終了後、数名の生徒が名残惜しそうにサルヴェール氏に近づいていきました。授業で習っている英語で一生懸命に話しかけていました。写真も一緒にとりたい、この時間がずっと続いてほしいと思ったことでしょう。今回の授業を何人かの先生が参観してくださいました。生徒からのうわさも広がり、「先ほどの授業、生徒たちはとても喜んでいたね。私も一緒に歌ってしまいました。」「時間が空いていたら、授業参観したかったわ。」と次々に声をかけてくださいました。言葉が通じなくても、音楽がある場所は和やかな空気に包まれていました。音楽に触れる機会を作るも閉ざすも先生の力が大きいことを改めて実感しました。

その後、サルヴェール先生から教わったことを全クラスで挑戦しました。呼吸の仕方、ハミングからの声の出し方。同じようにはできないのですが、その時の感動を忘れずに、日々の授業を行っています。実際に授業を受けた2年3、4組の生徒たちですが、次の授業の時間に、「今日は、サルヴェール先生は来ないの?」「エストニアのこと、もっと聞きたかった。」と口々に話していました。生徒たちの表情は皆笑顔で、朗らかでした。少しずつクラスがまとまり、お互いを認め合いながら、良い雰囲気になってきました。

今回の出会いも、大震災が無ければ実現しなかったのではないかと思い、自然災害に感謝することもありました。初めにお電話をくださった奥会津書房の遠藤様、以前私が勤務していた高校が奥会津だったため、存じ上げていました。震災があっても無くても、常に子供たちを支援し応援してくださっていることに感銘をうけました。今回のことで、関わってくださったすべてのスタッフの皆さま、古木様、そしてサルヴェール先生、この場をお借りして御礼をしたいと思います。本当にありがとうございました。

震災から3ヶ月が過ぎました。色々なことが通常にもどってきています。私たちの音楽教育も、いつもと変わらず行っていくことを心掛けたいと思います。今回助けられた命なので、体調に気をつけて、精一杯生きていきたいと思います。音楽の力で、世界中が平和になりますように。