コロナ禍の欧州へ 事務局・古木の訪問記(その7)

古木修治|EU・ジャパンフェスト日本委員会 事務局長

人間社会は、壮大なモザイク画

7月22日。深夜の羽田空港を飛び立ち、機体は日本海を越えシベリア大陸を延々と飛び続けた。眼下には漆黒の闇が広がり頭上には満天の星。何も見渡せないが、高度1万メートルに達した私には、都会の喧騒、日常のあれこれが、はるか彼方の存在となり、厳粛な気分に浸った。しばし、至福の時間を楽しんだ。

最新の人口統計によれば、世界の人口は77億人。毎日、それぞれの出来事があり77億通りのニュースがある。メディアは77億のモザイクから、いくつかを拾い上げ、とてつもなく巨大に拡大し、加工したニュースを絶え間なく伝える。しかし、地球を俯瞰してみれば、政治家、金持ち、有名人、極悪人…そして、つつましく暮らしている多くの人々に違いはなく。ただ、77億のモザイクが散らばっているだけだ。

EU・ジャパンフェストは年間800ほどのプログラムを支援している。今年の欧州文化首都だけでなく、過去の46都市での継続活動、2024年までの将来の開催都市による準備活動などが含まれる。これらの活動が、しっかりと実施できるのは、アーティストや主催者の熱意と当事者意識のおかげだ。私たちの役割は後方からの支援でしかない。それでも、この800のプログラムに関わる人達に会い、彼らの思いや構想に耳を傾けることを怠ることはできない。そんな訳で、私は年中、欧州各都市を駆け回り、多くのアーティストや関係者とお会いする日々を送っている。昨年は112日を欧州で過ごした。1回の出張で数都市を訪問する。各地では、朝から晩までミーティングやプログラムの視察など忙しいスケジュールが続く。しかし、今回の出張は入国制限の国もあり、訪問できる国も限定され、クロアチアと来年開催地セルビアの2か国だけの訪問となった。その為、リエカには9日間も滞在することができ、豊富な自由時間にも恵まれた。おかげで、市民の目線でリエカを眺め、地元の人たちとゆっくり会話を楽しみ、様々なことを体験することができた。

今回はリエカでの3つのストーリーを紹介したい。

欧州文化首都の事務局にて、中央がジャスミンカさん。左がエミナさん。

欧州文化首都リエカの事務局での打ち合わせを終え、ほっとしたところで、スタッフのジャスミンカさんがコーヒーを振舞ってくれた。この数か月、彼女とはズームで対話をしていたが、直にお会いするとリモートでは聞けない話が沢山あった。やがて、彼女は瞳を輝かせながら、ある日本人女性のことを話し始めた。出会いは1998年秋。ジャスミンカさんはリエカ市内の書店で働いていた。その日は朝から雨が降り続き、外の通りには人影が絶えていた。店内にはアジア系の小柄な若い女性が1人熱心に本を手にしていた。声をかけてみると、日本からやってきたという。年代も同じということですぐに打ち解けた。彼女はヴィム・ベンダースの映画「欲望の翼」に魅了されてベルリンを訪問、そしてクロアチアに足を延ばした。その理由は、その年フランスで開催されたサッカーワールドカップで大活躍したクロアチアチームにあった。クロアチアは、1991年ユーゴスラビア連邦を離脱し、フランス大会で日本同様に悲願の初出場を果たした。彼女は、ヒーローとなったシュケルに見せられたファンの1人であった。この出会いをきっかけに2人の文通は始まり、現在ではフェイスブックでの交流が続いている。日本人女性はアールブリュットのキュレーターであるという。欧州文化首都が契機となり、再開できることを楽しみにしていると語ってくれた。

2つ目は7泊したコンチネンタルホテルでのお話。感染防止のため、朝食はリクエストをオーダーすることになっていた。大食漢の私のお決まりのメニューはこうだ。リンゴジュース、野菜サラダ、ヨーグルト、はちみつトースト、卵2個の目玉焼きとベーコン、そして、カフェオレ。長い間の休業を経て再開したホテルのスタッフは、久しぶりの接客に張り切っていた。2日目の朝、応対してくれたスタッフが、なんと前日の私のリクエストをすべて覚えていてくれた。マスクに顔は隠れていたが、彼女が満面の笑みを浮かべ接してくれていることは容易に伝わってきた。そのホスピタリティーに私も心が明るくなった。3日目の朝、彼女は自分のスマホの画面を見せてくれた。半世紀ほど交流が続くリエカの姉妹都市川崎からやってきた若者たちの姿であった。コロナ感染拡大直前の2月、リエカ恒例の一大行事のカーニバルに参加し、踊りまくったそうだ。このホテルに宿泊した彼らは地元市民と大いに交流を深め「また来ます。」とさわやかな思い出を残し帰国した。

左:ホスピタリティー溢れるホテルスタッフ/右:川崎からやってきたダンサー達

3つ目は人間の話ではない。リエカに来て、まだ数日しか経っていないというのに、私は軽いホームシックにかかっていた。実は我が家に残してきた愛犬が恋しくなっていたのだ。ある朝、朝食を終え通りに面したホテルのテラスで行き交う人々を眺めているうちに、遠くからやってくる若い男性と小型犬が目にとまった。その犬も私の視線を感じたらしく、主人を引っ張りこちらに向かってきた。柴犬であった。私は戸惑う若い男性にスマホに写る私の芝犬の写真を見せた。彼は「納得した」とばかり微笑んで、私の顔を嬉しそうになめまくる犬を見守った。聞けば、ザグレブのケンネルからやってきた1歳半のメスの柴犬。リエカに来る前に名前は付けられていたそうだ。その名はミチコ。私は思わず「なんと高貴な名前でしょう。」「日本の上皇后様と同じ名前です。」と伝えると、彼は嬉しそうに頷いた。そして、私の傍らでしっぽを振り続ける「ミチコ」は、心なしか誇らしげに主人の顔を見上げていた。

[ミチコ]さま

次回は、いよいよセルビアです。
※9月28日