コロナ禍の欧州へ 事務局・古木の訪問記(その15)

古木修治|EU・ジャパンフェスト日本委員会 事務局長

セルビア最終日、心奪われたタペストリーの美しさ

いよいよ帰国の日となった。ベオグラード空港へ向かう途中、ウラジミール(Vladimir)さんが、ドナウ川を越えた小高い丘の砦の一角にあるタペストリー工房へ案内してくれた。タペストリーは織機を使って手作りされる織物であり、表面に出る横糸によってカラフルな模様や絵柄を創り出す、縦糸は完全に横糸に隠れて見えない。最初に見せていただいた作品に圧倒された。息を飲むような美しさ、鮮やかな色彩、それは伝統的なタペストリーのイメージをはるかに超え、斬新な創造性にあふれる芸術作品だった。タペストリーの歴史は長く、起源はヘレニズム時代(紀元前323年~紀元前30年)に遡る。ヘレニズム文化は、アレクサンドロス大王の東方遠征によって東方の地域に伝播したギリシア文化がオリエント文化と融合して誕生したものとされている。

斬新な美しさに心奪われた

日本の綴織(Tudureori)は、タペストリーと類似しているが、原型となった織物の起源は古代バビロニア時代(紀元前2004年~紀元前1595年)に遡り、日本へは飛鳥時代(592年~810年)に大陸文化と共に中国から伝来した。欧州への伝播は少し遅れ、11世紀に十字軍がイスラム圏からの産物として、絨毯を持ち帰ったのがタペストリーの始まりである。やがて、床敷きの絨毯としての機能から断熱のための壁かけ、そして美術品へと発展してゆく。14世紀初頭にはドイツやスイスで盛んに製造された。その後、生産地はフランスやベルギー、オランダへと拡大した。因みに滋賀県大津のお祭りで毎年披露されているタペストリーは16世紀にベルギーから送られたものである。

左:所蔵作品の数々
右:複雑な絵柄に取り組むアーティスト

話を戻そう。その日、見学したタペストリーの工房では、10人ほどのセルビア人のアーティストが黙々と織っていた。コロナ禍で海外からのアーティストの滞在制作は途絶えているが、これまでもヨーロッパをはじめ、日本のアーティストもこの工房で制作したそうで、数々の作品が所蔵されていた。長い歴史の中、平和な時代でも、戦乱の中でも織られ続けてきた。コロナ禍で世界が分断されているようにメディアは書き立てるが、素晴らしい芸術作品は、あらゆる利害や違い、困難を軽々と乗り越えて世界中の人々の心を掴むことができる。

アーティストのみなさんと

旅の最後になって、また一つ美しい思い出ができた。見学を終え、砦の高台に立った。眼下には雄大なドナウ川。20年前の爆撃で破壊された橋げたも視界に入ったが、改めて平和の尊さ、芸術における世界の連帯に感謝したいと思った。そして、ベオグラード空港へ向かった。快適なドライブだった。その後、まさかのトラブルが空港で待ち受けていようとは…


サヨナラ、ドナウ川💦

 

※次回は10月14日