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[Vol.107] リエカ12日滞在記.

原 啓太

俳優

「クロアチアについて何を知っていますか。」
 ワールドカップおめでとうございます。クロアチアの海はヨーロッパの中でも美しいというのを聞いたことがあります。クロアチアを含む旧ユーゴスラビアで紛争があったことを大学受験で勉強しましたが、実際は後になって観たいくつかの映画でその悲劇を知りました。クロアチアに行ったことはなく、個人的にクロアチア人に会ったこともありません。一体どんな国なのか、とても興味が…
 これが履歴書にあった英語の質問に、ぼくが書いた回答である。本当なら少しでも調べて立派な答えを書けば良かったのだけれど、いかんせん限られた時間で書かなければいけなかった。しかしあえて、正直に今知っていることだけを書く方が面白いのかもしれないとも思った。そうやって2週間が過ぎた頃にはもうクロアチアへ出発していた。


 リエカは、もともとヨーロッパの歴史の中でも重要な港町で、2020年の欧州文化首都として選定されている。今年23年目のリエカ人形劇フェスティバル(Puppet Theatre Review)ではボランティアを設けるのが初の試みで、ぼくたちは日本からの国際ボランティアとして派遣されてきた。クロアチアでは、旧社会主義体制の名残りや戦争でのイメージでボランティアという概念があまり良いものでないということは事前に聞いていた。ではその上でどのように派遣ボランティアとして携わってゆくのか。今後のリエカと日本の文化交流の種をどうすれば植えられるのか、手探りしながらの滞在だった。だけれども結局ぼくにできることは、人形劇祭の手伝いに留まることだけでなく、与えられたこの12日間でリエカという街とそこに住む人たちにどっぷり浸かることだった。
 フェスティバル前夜の日、リエカ市人形劇場の代表とスタッフであるマグダレーナとヴェドラーナ、同じくスタッフで今回コーディネーターとしてぼくたちのケアをしてくれたアナと共に今後どのような仕事をするかについて少しずつ決めていった。まずぼくたちのために用意してくれた仕事が、インスタレーションの展示をするギャラリーでの当番。そしてオープニング前夜に行われる公演の一部に参加することだった。
 その夜行われた公演はクロアチアのオシエク芸術文化アカデミーの学生たちによるもので、早速ぼくたちは最初の仕事をこなす。どんな形であれ作品の一部として参加できることは、俳優としてワクワクする任務だった。
 それからはギャラリーの当番として何日か入ったのだが、ギャラリーを訪れる人は少なく仕事がほとんどなかった。「これでは物足りない」と思い、まずは「他に仕事はあるか」「よかったら手伝いましょうか」と色んな人に聞き回るも、それで手伝うことは大抵なかった。
 そこでぼくは、自然に手伝うことにした。例えば観劇前に誰か人手が必要なのを見つけたら、または観劇後バラシをしている時にそっと手伝いに入る。さらに「誰々が何時頃に来る」と言われたらその時間に搬入口に立って、そのまま搬入の手伝いをする。搬出の手伝いもする。
 ボランティアという名前を背負っていると、どうしても(もしかすると勤勉な日本人は特に)何か手伝わなければという使命に常に燃えてしまう。しかしリエカの人たちとかかわる中で、次第にそのような使命感は静まり「もしかすると今回ぼくたちはこの街に、このフェスティバルに居るだけですでに大きな意義があるのかもしれない」と考えるようになった。というのも、会場等で顔を出していると興味を持ってくれる人がいて、そこからコミュニケーションがたくさん生まれた。ぼくがこれまでの人生でクロアチア人に会ったことがないのと同じように、現地の人の多くが日本人と話したことがない。この滞在でたくさんの人に出会い、交流が生まれた。そこからさらに友達と呼べる仲間や俳優・アーティストとして活動する同志にもめぐり会えた。そして色んなことをシェアした。演劇やアートのこと。くだらなくて笑ってしまう話。クロアチアと日本。自分。過去と未来。そして同世代の彼らが体験した戦争の話。


 出会いと交流。これこそが「種」なのかもしれない。また、自発的(volantary)に手伝いをする精神がそもそも「ボランティアをする」ということで、それは「誰かに手を差し伸べたい」と思う本来人間が持つ自然の行為そのものではないか、と考えるようになった。そこから、貪欲でも受け身でもない、しかし常に周りからのオファー(offer)を受け取れるような在り方でいられるようになった。ボランティアの押し付けでなく、有機的であること。必要であれば手を差し伸べ、人との交流も楽しむ。その内にぼくたちは新たな仕事をもらうようにもなった。必ずしもこの人形劇祭に直接関わらない単純作業だったとしても「もっとお願いしてもいいんだ!」と感じ、頼んでくれたことが嬉しかった。


 フェスティバルは決して大きい規模ではないが、クロアチアや近隣諸国からの、いわゆる人形劇以外にも児童演劇や大人向けのものなど多岐にわたるジャンルの作品があり、線引きのない作品選びが興味深かった。クロアチアの子供が劇場に溢れながら、夢中に観ている姿にはとても明るい希望を感じた。
「クロアチアについて何を知っているか。」
 リエカ。リエカの人たち。あの街の通りや劇場、港、飛んでいるカモメ、雨が降ると早速傘を売り始める人の姿、行きつけのレストラン、現地の人でも恥ずかしがるようなローカルのクラブバー…。歴史や文化という大きいものから、個人的な思い出。そういったものの全てが今ぼくにとってのクロアチアである。
 最後に、今回の派遣プロジェクト実現にご尽力いただき、このような素晴らしい機会を与えてくださいましたEU・ジャパンフェスト日本委員会事務局の皆様、ボランティア・ブリッジプロジェクト事務局の皆様、共に派遣された森三成子様、そしてリエカ市人形劇場の皆様、誠にありがとうございました。

2020年に向けて、そしてそこからさらに先へ。

植えた種がどうか無事に芽を吹きますように。

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