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[Vol.94] マルタ訪問記

塚本由晴

建築家
アトリエ・ワン

苛烈な国際化

ローマから飛行機に乗りヴァレッタの空港に降り立って気が付いたのは、多くの人が英語を話していることと、通貨がユーロであることだった。6月の国民投票でEUからの離脱を選んだイギリスは、もともと通貨統合には参加していないので、この組み合わせは世界で唯一ではないか。

飛行場で待っていたChris Briffaは若手の建築家で、ヴァレッタ市内への車の移動中に、マルタの歴史の大概略を説明してくれた。紀元前のはるか昔から交易で栄え、9 世紀から12 世紀まではイスラム帝国の支配におかれたこと。15 世紀にはスペイン領、16 世紀にはマルタ騎士団の所領となったこと。オスマン帝国からの包囲攻撃を受けたマルタ包囲戦のこと。その後ナポレオンに占領されるが、陸の大国フランスはマルタに興味を示さず、その後は海の大国イギリスの支配下になり、地中海経由のインド航路の要衝から、第二次大戦中には海軍の拠点となったために枢軸国からの空爆にさらされたこと。そして1964年にマルタ国として独立したことなどなど。極東日本では国際化が今も重要課題だが、マルタは2500年程前から苛烈な国際化を生きてきたようだ。

 

乾いた土地

空港から街までの道はゆるやかな起伏の中を進む。森のように樹木が密生しているところはなく、開墾された乾いた丘が続いている。マルタの年間降雨量は約500mmで東京の約1/3。11 月は雨季であった。定常的な川がないので農産物の生産には向かず、食料自給率は20%と日本の約半分である。

白いヴァレッタ遠望

 

ゲスト・ハウス

ライムストーンで作られたヴァレッタの街に到着し、古い住宅を改装したゲスト・ハウスにチェックインする。Chrisが自宅用に改修した建物だが、近くに別の家を購入し自宅兼事務所として改修したので、Airbnbを介したゲスト・ハウスValetta Vintageとして使われている。ライムストーンの3階建ての建物は築約150年とのこと。ファサードの2階中央からはヴァレッタ特有の木製バルコンがある。最も天井高が高い最上階が私の部屋。窓を開けると海に突き出したFort St Elm(サントエルム要塞)がすぐそこに見える。屋上にはルーフテラスと小さなキッチンとダイニングが増築され、南側と北側、両方の湾への眺めが楽しめる。古い建物の特徴に逆らうことのなく現代的にしつらえられた部屋が、Airbnbで世界に発信されている。京都にも町屋を改修したゲスト・ハウスが増えたように、このビジネスモデルは世界のどこでも通用する。その背景には、アミューズメントではなく、その土地の「暮らし」にアクセスしたいという新しい観光熱がある。こうした観光による動機付けが、住宅や地域コミュニティのあり方を今、変えようとしている。


ルーフテラスからの Fort St Elm の眺め

 

レストラン

休む間も無くChrisに連れられて昼食に向かう。街の南側は崖のように切り立っていて、湾の対岸にマルタの繁栄を支えた造船所がよく見える。崖の上には古い庭園があり、下にはクワリーワーフに沿って倉庫が並ぶ。その倉庫群は海側と陸側に道がついているので、そこだけ街を薄切りにしたようである。倉庫街の先端で二つの道の高低差をつなぐヘヤピンカーブに囲われた倉庫がレストランThe Harbour Clubに改修されていた。これもChrisの設計。岩盤を削って作られた地下空間の利用も巧みだ。実はこの地下空間、前の店の内装を壊す過程で発見されたもの。こういう場所がヴァレッタにはまだまだあるという。しばらく使われないうちに人々から忘れられてしまった空間は、タイムカプセルのようだ。昼食は夜に行われるパネルディスカッションの登壇者の二人も同席。魚を中心とした地中海料理を楽しんだ。


レストランの地下空間。左にいるのがChris Briffa。

 

ライムストーンとバルコンの街並み

昼食後に街を散策。ヴァレッタの街はフィンガー状の入り江を持つ湾の中央に張り出した半島の上に作られている。陸側の城門と海側のFort St Elmが、馬の背状の稜線に沿って走る Republic streetで繋げられ、その通りを起点に南側、北側へと碁盤目状の街路が引かれている。中心の一番高いところから海までの落差は20m程あるだろう。ほとんどの道が坂道となり、多くの通りの先に海が見える。街を構成するのは、1階が店舗、上階が住居か事務所の3階〜6階建ての建物で、道に対して壁面線を揃え、温かみのあるライムストーンのファサードで穏やかに統一されている。そこに道路上に張り出すカラフルな木製のバルコニーが取り付くことで、賑やかさが加えられている。このバルコニーの元祖である騎士団長官邸の外壁に取り付けられたバルコニーは、屋根と手すりだ けのものであったが、のちに住居に応用されるようになると内部化されていったそうだ。このバルコニーの似たものはトルコにもあるので、形式的にはイスラムの影響が考えられ、また森林資源がないのに木製なのはイギリスからの輸入の影響が考えられる。実はヴァレッタのバルコニーは特徴ある窓の反復によ って街路景観を形作る好例として、東工大の私の研究室で行っている窓の研究でも取り上げたことがある。2013年に学生たちにより行われた実測調査の結果は、書籍『Windowscape2』(フィルムアート社、2014)に収められている。


      海に向かって下る階段状の道                   道路上に張り出す木製バルコニー

 

 

爆撃からの再生

ほぼ全ての建物がライムストーンで出来ているので最初は気づかなかったが、 中には第二次大戦中にイタリア・ドイツによる空爆で倒壊し、戦後に作り直されたものがかなりの数混ざっている。特にRepublic Squareに近いショップが集中する街区では、ほとんどの建物が広場や道路の再整備を伴って再建されたものである。東京、ミラノ、ミュンヘンと第二次大戦における破壊を経験した都市を見てきたが、元の建物が木造か組積造かで投下された爆弾の種類も破壊のされ方も違うので、戦後の再建のされ方もそれぞれに違う。そのことが現在の街のあり方、暮らしを決めているという意味でも、世界大戦は単なる過去の出来事ではない。ヴァレッタの場合、むやみに近代建築の様式を取り入れずに、元に近い形に再建したことが、のちの世界遺産登録につながり、観光資源として経済を支えている。


Republic Square。建物右は戦後の再建

 

Co-Cathedral

街の中心部にある1572年建立の大聖堂St Jhon’s Co-Cathedralもライムストーンで作られている。装飾のないロマネスクのような素っ気ない外観の印象は一歩中に入ると完全に裏切られる。内部を支配するのは圧倒的なバロック的装飾であり、17世紀にMattia Pretiがリデザインを行った。まず床を覆いつくす大理石のモザイク模様は、歴代騎士館長の石棺の蓋である。側廊部分はマルタ騎士団に十字軍を派遣していた母国語の違いによる8つの騎士館グループに割り振られたチャペルになっており、同郷の騎士団長経験者の偉業を記念するために、趣向をこらした彫刻で装飾された祭壇が設けられている。Co-Cathedralという名称は、これら8つの騎士館グループ共同の聖堂という意味である。こ れほどの密度で内部を覆いつくす装飾的空間は、イスラムとの戦いに遠征する騎士に対する故郷からの期待の大きさと、騎士館の間の対抗意識の表れであろう。戦いが続き、前線への支援が続く間、継続的に装飾が加えられていったのであろう、異様とも言える過剰さに達している。マルタ騎士団の紋章は、十字架の先を二股にするだけで、8カ国の同盟を表現しており、実に洗練されたデザインといえる。


St John’s Co-Cathedral

 

Design Dialogue 2016

9日の夜はマルタ大学で、コモンズ再構築のための資源を発見するフレームと、資源へのアクセシビリティを阻害する障壁を下げるプロジェクトとしての建築デザインについて講演した。これはMalta Design Weekが主催するDesign Dialogue 2016というレクチャーシリーズの一環。マルタでデザインを仕事にする人、学ぶ人の間での議論を盛り上げようと、Chrisが仲間と企画したものである。

レクチャーホールは立ち見が出るほどで、約150名の聴衆が集まった。講演に続いて、Libby Sellers(London Design Museum)、Konrad Buhagiar(マルタの建築家)、 Caldon Mercieca(マルタ文化事業理事)を交えたパネルディスカッションを行った。議論は夕食会まで継続し、マルタには天然資源はないので、人材こそ資源だといった反響が印象に残った。


Design Dialogue 2016

 

ヴァレッタ・デザイン・クラスター

クリエイティブな人材の交流と協働を促すヴァレッタ・デザイン・クラスターの設立に奔走しているCaldon に、その拠点となる建物を案内してもらった。街の南東端のポートストリートからサン・バストジャン通りの下をくぐって狭い路地に入るところに、今は使われていないパン工房の建物がある。中央の路地をはさんで両側に、細かく仕切られた二層分の空間が並んでおり、ここを改修して同クラスターの本拠地にするそうである。ヴァレッタが2018 年に欧州文化都市になるこの機会に、そのコンセプトの具体化、ならびに建築の改修のプロジェクトへの参加を打診された。既存建物の空間構成を生かして、未利用の屋上を人々が集まれるような半外部の空間とする可能性について議論した。


旧パン工房の中央の路地

 

まとめ

ヴァレッタはとても美しいところである。観光客も多いのでとても賑わっているように見える。しかしその反面、ヴァレッタの市民の側からの内発的な活動はあまり見えず、活力ある社会を持続させるのに、なんらかの工夫が必要だと感じた。クリエイティブ・クラスターはそうした問題意識に応える、都市においてコモンズを再構築する挑戦である。アトリエ・ワンとして、積極的にプロ ジェクトに貢献したいと考えている。この機会に日本の大学とマルタ大学の建築学生の合同ワークショップなどもできれば良いと思う。常に国際化の波にさらされてきたヴァレッタだからこその、異次元の人材交流と協働に期待したい。


Caldon Mercieca とライムストーンの風化について議論。

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