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[Vol.115] 肌で感じる「伝統」の意味

オンジェイ・ヒーブル

チェコなごみの会

師匠の七五三先生をチェコにお招きして狂言の基礎を学ぶワークショップを開催し、初めてチェコ語で「柿山伏」を披露してから来年で丁度20年が経つ。当初はさほど深く考えることもなく、師匠の演技、発声を真似て舞台上で演ずれば来客が笑ってくれることで満足していたが、回を重ねるうちに、狂言のもつ力の凄さ―非常にシンプルな演技でありながら観る人の心を強く引っ張り、離さない―に驚き、魅了され、もっと知りたい、やはり狂言だ、狂言を続けたい、と強く湧き起こる思いから2002年に京都で師匠に弟子入りさせていただいた。チェコで少し齧ったとはいえ、狂言の台詞はよく理解できず、装束の扱い、演技法、礼儀作法と、全てが一からのスタート。何からどう始めればよいのかもわからないまま稽古場に通い、自分の稽古だけでなくお茶汲みをさせてもらいながら他の人の稽古を見学し、公演の楽屋では先生や先輩方の動きを観察して、ともかく全てを吸収する気持ちで学ぶ努力をして数年、少しずつ、何かが解ってきたような気がしたが、自分の稽古が一番大変であることには変わりがなかった。

 幸いなことに各方面のご支援もあり、師匠と師匠の御子息たちをチェコにお招きし、またチェコの仲間が京都を訪問して様々な面で狂言に触れる経験を積むことで、「やはり、狂言だ、狂言を続けたい」との思いが皆の胸に大きく膨れ上がり、私オンジェイ・ヒーブルが京都に滞在中、チェコの仲間たちが精力的に動き、ついにチェコで「なごみ会チェコ」を設立。今では定期公演を行うまでとなり、チェコ語での狂言公演は800回以上である。

 レパートリーといえば、200以上の演目からどの演目を選べばよいのか、またどのようにチェコ語に翻訳し、いかに上演すればいのか、8人のチェコ人の悩みは尽きない。とは言うものの、3人よれば文殊の知恵。8人なら尚更のこと、チェコ語で演じる狂言の味は、回を重ねるごとに濃くなってきた。

チェコで演じていると、狂言の演劇としての完全性、構成のレベルの高さがよくわかる。台本は、翻訳されても、また全く異なった文化と歴史背景を持つ環境で、その上外国人によって上演されても、その魅力は現地の観客に直接伝わり、固定ファンを持つほどに好まれている。小狡い召使いが主人をユーモアでやり込め、気の強い女房は威張ってはいても気弱な旦那を叱りつけてタジタジとさせる。狂言の台本に込められたメッセージは、600年経っても変わらない人間の性、国籍を問わず我ら人間の本質に国境がないことを教えてくれる。例えば、賄賂がテーマの狂言「佐渡狐」をチェコで上演すると、「今晩の演目は我が国の実情を参考にした新作でしょう?実に上手くできた芝居だ!作者に敬意を伝えてね」と観客に言われることがある。数百年前の狂言台本作家にこの気持ちを是非とも伝えたいものだが、このことからも狂言がジャンルとして大変優れ、その「伝統」が現代に通じる新鮮なものであること、また世界で好まれる要因が日本固有の伝統芸能だからではなく、そのもの自体の魅力であることは明らかだろう。

お寿司が世界に広まり、現地の回転寿司などでその存在を知った外国人が日本で本物を味わいたくなるように、益々増えている海外からの観光客が、「狂言を観に能楽堂へ行く」ことが日本ツアーの目的の一つとなるように、私たちは目標をもって狂言を続けていきたい。世界はお寿司ブームのおかげでマグロが絶滅の危機に瀕しているが、能狂言ブームは何も奪わない、ただ豊かな心の実りをもたらすだけなのだ。

 師匠に初めてチェコに来ていただいてから20年、当時二十代だった我々狂言会メンバーも夢中で狂言を続け、充実感も得ながらスキルアップを目指してきたが、全く新しい課題に直面している。20年分年を取った我々だけでは、この後10年、20年と続けられないだろう。若い世代の育成が必要である。それも早急に。チェコで子供達や若い世代に狂言を伝える時、自分のスキルが日本人プロ狂言師のレベルに程遠く、本当に継承していけるのだろうか、大きな不安を感じることがある。しかし、ここで中断する選択肢は有り得ない。ここまでやってきたからこそ、自らのレベルアップを目指しながら、若い世代、子供たちに教え伝えることが出来るのだ。そして他人に教えることの難しさを実感できるからこそ、自らがさらに成長するよう努力し、この緊張感が大変なモチベーションとなっている。また「コーチがパーフェクトな選手でなくとも、優秀なアスリートを育てることができる」ことも心の片隅に置きながら。

 今チェコで狂言を学んでいる子供たちが、中学、高校生になった時にまだ続ける気持ちがあるのか、日本語を勉強する気があるのか、日本に稽古を受けに行けるのか?誰にもわからない。ただ大切なのは、今できることを実践すること。チェコで基礎を学び、日本で先生方に細かくお稽古を受け演目を少しずつ増やす。これ以外の道はない。

 そして続けるためには、伝統を正しく伝えなければならない。「伝統」は文字通り「伝える+統める」、つまり得た知識、技を次世代に伝え、ひとつに纏めることで、英語の「TRADITION、TRADITIONAL」の語源であるラテン語の「TRADITIO」、つまり「世代から世代へと引き継ぐこと」である。ヨーロッパには低学年の子供向けの演劇教育はほとんど無いが、日本の稽古システムを見習い、我々が型を真似るように、教え方も真似ることで対処できる。また日本語の狂言台本を現地の観客に合うように翻訳するように、現地の子供の成長に合わせて型、発声法、基本の台詞はそのままに稽古用に翻訳するのも我々の重要な仕事である。

この20年間、様々な面で幾分かの成功を果たし、評価していただけるように成長できたと思う。だが、我々が去った後、次世代に正しく継承できていることが、本当に成功したかどうかの証明になる。

  これまでの各方面からのご指導、ご支援に心から感謝します。ここまでたどり着けた今、更なる20年に向けて狂言を続けて行く強い決意です。

是非よろしくお願いいたします。

 

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