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欧州文化首都における日本関連プログラムを支援しています

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[Vol.202] コロナ禍の欧州へ 事務局・古木の訪問記(その4)

古木修治

EU・ジャパンフェスト日本委員会 事務局長

欧州の現場で実感した芸術文化の底力

2020年の欧州文化首都ゴールウェイ(アイルランド)リエカ(クロアチアの開催が決定したのは5年前。長年、温めてきた構想がいよいよ実現の運びになった矢先コロナ禍勃発した世界中の社会活動停止する中欧州文化首都は、誰のために何を目指すのかという基本的課題に改めて向き合う時間を与えられることとなった同時にこの間、欧州各国は芸術活動の空白を作らず、オンラインでの継続を積極的に支援し世界中が繋がった世界的なパンデミックは、世界的な連帯で乗り越えよう。欧州委員会が世界向けて呼び掛けた象徴的な活動の一つが欧州文化首都であった。

さて、待望のリエカに到着した私は、早速欧州文化首都の事務局を訪ねた。再開したプログラムの現場対応のため、多くのスタッフは不在であったが、長年、リエカや東京でプログラムの議論を重ねてきたエミナさんやの数ZOOM等でのやり取りの窓口となったジャスミンカさんが満面の笑顔で迎えてくれ再開したプログラムの数々を意気揚々と説明してくれた。前に進むしかないという彼らの決意が伝わってきた。

©︎CROATIAN NATIONAL THEATRE “IVAN PL. ZAJC” RIJEKA

最初の夜は、市の中心に位置する広場の野外ステージでのガラコンサートに出かけた。受付でアルコール消毒、連絡先の登録を済ませて会場内に入った。若い家族から高齢者まで客席は制限いっぱいに埋まっていた。何か月ぶり公演と同時に何か月ぶりかに友人に再会できた喜びが会場に溢れていた。舞台上ではオーケストラがチューニングを行っていたやがて、合唱団そして指揮者が登壇すると、人々の歓喜の声と拍手が巻き起こった。そして、静まり開を待った。隣国イタリアからやってきた音楽家達が最初に演奏した曲は、なんとヴェルディのオペラ「ナブッコ」から「行け、我が想いよ、金色の翼に乗って」であった。イタリアの第2の国歌ともいわれるが、いまや世界中で愛される合唱曲である。強制労働を強いられる奴隷たちが、故郷を思って歌う名曲である。この曲がオープニングを飾ったのは、国籍を問わず現下の状況ので、すべての人々の思いに応えようとする音楽家たちの願いが込められていた。

©︎CROATIAN NATIONAL THEATRE “IVAN PL. ZAJC” RIJEKA

 観客席には、集まった市民を見守るオベルスネル リエカ市長や欧州文化首都CEOのイレナさんの姿があった。二人の表情から安堵と満見てとれたコロナが収束したから、社会活動が再開したのではなかった。実際には第一波を上回る第二波が到来していたが、この数か月の行動制限は、コロナそのものよりも大きな目に見えない心理的、精神的な打撃を社会に与えていたのだ。だからこそ、危機打開の第一歩を踏み出したのだ。人間社会は、あらゆる面でリスクを軽減できてもゼロにはできない。交通事故から子供たちを守ることは大切だが、リスクを避けるために、外出や車の通行を禁止してはいない。交通安全の教育、事故対策を可能な限り施しリスクの軽減に努めている。

  今回、リエカでは様々なプログラムが再開していたが、長い間あらゆる行動の制限を受けていた子供たちの活動には特にエネルギーが注がれていた。どの会場でも、はじけるような笑顔ではしゃいでいる子供たちの姿があった。彼らの存在は社会共有の財産なのだ。大人たちが細心の注意を払って、大胆に次世代を担う子供たちを導いてゆくことの大切さを痛感した。

©︎RIJEKA2020

また、野外のジャズコンサートは日没とともに開始され、多くのボランティアが生き生きと運営に携わっていた。市民たちは家族や友人とともに好きな時間にやってきて、深夜まで続く生演奏を楽しんでいた。屋内の活動も再開されていた。私は、国立劇場でのコンテンポラリーダンス公演も鑑賞することができた。座席数は通常の半分に制限されていたが予約は満席。ヨーロッパ有数のギリシャ人振付師による斬新で躍動感あふれるダンスに観客は熱狂。終演すると場内のあちらこちらから「ブラボー」の声が飛び交い、スタンディングオベーションが続いた。

  どんなに多くの情報を得ても、実体験ほど力強いものはない。この体験の尊さを私だけのものにすることは許されない。国境を越えて、多くの人々の懸け橋となる使命がある。小さなことから着実に進めてゆかなければならないと改めて自分に言い聞かせていた。

「百聞は一見に如かず」という言葉があるが、それでは足りない。

今から16年前、フランスのリールやイタリアのジェノバが欧州文化首都に制定された年に実行委員長を務めたトヨタ自動車の張富士夫さんから頂いた言葉を思い出した。

「百は一行に如かず」

閉ざされたように感じられた未来への重い扉が開いたように感じた。

次回は、リエカで交わされた再開へ向けての熱い議論を紹介したい。

 

※次回の更新は9月22日予定

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