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[Vol.252] 聲の道 アートパフォーマンス Projet La Voix des Poètes(詩人の聲)

神泉 薫

詩人/作家、日本文藝家協会会員

あらゆる道は、つねに光へ向かって伸びている。ここにある一本の道。それは世界に例を見ない聲の道。それはここ、小さな島国、日本から始まる。

アートパフォーマンスProjet La Voix des Poètes(詩人の聲)は、詩人・朗唱家、天童大人氏プロデュースによる、肉聲の復権を目指すプロジェクトだ。
国内外での数多くの朗唱、プロデュースの経験をへて、2006年10月14日、日本を代表する詩人、白石かずこ氏の聲からスタートした。
東京を何時でも詩人の肉聲で詩を聴ける街にすると同時に、詩人や作家の聲を鍛え、美しい日本語を世界に響かせる主旨の元に開催され、現在、プロジェクト回数は2000回を越え、活動は16年目に入った。
マイクや音楽を一切使わない肉聲での公演を特徴とするプロジェクトは、デジタル音に満ちあふれた現代において、生の聲にたっぷり触れる場の創造であり、人間を人間たらしめる、ことばの力への信頼を、再び目覚めさせる。詩人自らの内的リズムの発動に重きを置き、聲のみ、肉体一つで立ち上がるシンプルな試みでありながら、多くの実りをもたらしている。
書かれた文字から離れ、耳で聞く生まれたての詩は、産声を上げた赤ん坊のように、この上なく温かい。詩の原初の在り方を問うひとつの母胎として、詩人の聲は存在する。


私が初めてプロジェクトに参加したのは、2007年1月。現在、参加回数は60回を越えた。プロジェクトは、四季の移ろいを肌で感じつつ、躍動することばの生成、新鮮な発語を観客とともに共有する一期一会の機会である。
聲は、その都度一回性の試みだ。生身の詩人の体と場があり、息の力が時空に満ち、目に見えない「聲」のみの、ことばの世界が立ち上がってゆく。
そして詩人の現在性がつねに問われ、それぞれの詩世界と書き手のありのままの姿がまっすぐに表現される。
私は、多くのプロジェクト参加の経験を経て、既成の自己を振り捨て、かつてない未知の「私」の胎動を感じ、2009年4月、参加回数、14回目に筆名を変え、自己改革を遂げた。
名前という過去の器を壊し、新たな詩のリズムを見出し、未知の表現のフィールドへと歩み出すこととなった。
それまで行ってきた詩の制作に加え、絵本のテキストや評論、エッセイの執筆と活動を広げ、聲を届けるラジオパーソナリティーとして番組制作をし、聲を使って文学や詩の魅力を多くのリスナーの元へと届ける機会を得た。

聲は、時空を超えて、発する人の温もりや息づかいをリアルに伝えてゆく。
プロジェクトで培われた聲の力は、国や人種、あらゆる境界を越えて、人と人とをつなぐ確かな手綱となって広がってゆくことを改めて感じた。


人間の聲とは本当に不思議だ。聲は記憶と密接に結びつき、無意識のうちに人の生を支えている。母の唇から注がれた子守唄の優しさ、生きて在った大切な人の口癖や、語られたさまざまな思い。自分の名を呼ばれ、答えた瞬間、通じ合ったという喜び。聲の存在に心を寄せることは、コミュニケーションをデジタル機器に依存しがちな身体性をいったん解いて、まっさらな自己の姿で、心と心を通わせることにつながってゆく。
本来身に備わっていた原始的な感性を取り戻すことは、人の命の営みを、より充実したものにする一つの方法ではないかと私は思う。
そして、詩人は、古代から、風や光、あらゆる万象の移ろいから詩の世界を感じ、その無形の響きをことばに置き換えてきた。
初めに聲があったのだ。詩の響きは、この唇から、肉体からほとばしり出たのだ。詩人の聲は、文字の誕生とともに書物に刻まれ封じられた文字を、もう一度天空へと解き放ち、詩の本来の姿を探り出す試みとも言えるであろう。

2006年のスタートから、大きな時代の揺さぶりとともに、詩人の聲、プロジェクトの場は継続されてきた。
2011年、3月11日、東日本大震災、大地の怒りを足元に受けながら、ことばは一つの祈りと化し、聲の柱は、垂直に日本列島を貫いた。
時代を越えてゆく詩の力、ことばの力とは何か。
人間存在にとって、言語芸術とは、どんな意味を持つのか。聲の場は常に終わらぬ問いと共に、進化、発展を続けている。

現在、コロナ禍という未曽有の事象を前に、あらゆる表現の場、人間存在の在り方が岐路に立たされている。
しかし、私たちは今この瞬間、呼吸をしている。人として「聲を発する」ことは、生きて在ること。その確かな証として、一回一回のプロジェクトの試みは、密やかに日本語の力を強め、日本の磁場を活性化させている。
私たちの唇は、日々、白いマスクで覆われ、多くのフィルターや壁が私たちの身体的コミュニケーションを阻んでいる。
だが、人類が続く限り呼吸は続き、ことばを時空に刻む、詩人たちの聲の拍動は止まることを知らない。

人間にとってことばは、生きる力そのものだ。そして、聲は無限の可能性を孕んでいる。アートパフォーマンスProjet La Voix des Poètes(詩人の聲)、日本という小さな島から始まる「聲の道」。
人間のことばの、確かな力を伝えるその聲の地平は、混迷の時代を越えて、大きく視野を広げてゆくはずだ。人と人とを隔てるものを何も持たない、新しい共有の現場へと、プロジェクトはダイナミックなつばさを広げ、羽ばたいてゆくだろう。
私は、その見えざる地平へ向かって、ただひたむきに聲を放ち、詩人たちの詩の力、聲の力が、世界を一新するヴィジョンを、道の先に灯る鮮やかな光を、見つめている。

 

 

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