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[Vol.201] コロナ禍の欧州へ 事務局・古木の訪問記(その3)

古木 修治

EU・ジャパンフェスト日本委員会 事務局長

驚きのクロアチア入国。

クロアチアは、感染が急拡大したイタリアとの国境をいち早く閉鎖、欧州の中でも比較的感染が抑えられていた。それでも日本より数倍もの感染が広がり深刻な状況が続いた。6月中旬、ロックダウンを早めに解除。近隣諸国との国境も順次開放し、主要産業の観光も部分的に再開した。とは言え、日本からの入国は厳しく観光客は不可、ビジネス目的であれば、現地からの公式招聘状と事前のPCR検査の陰性証明書の持参が求められていた。さらに、クロアチア入国時にPCR検査が義務付けられているとのこと。これらの最新情報を逐次、丁寧に教えてくれたのは、フラスティッチ駐日クロアチア大使であった。彼は欧州文化首都開催国の大使として、数年前からリエカと日本のアーティスト達の橋渡しに奔走してくれていた。彼にとっても活動再開は悲願であり、情熱は私にもひしひしと伝わってきていた。

 

さて、ザグレブ空港に到着した私は、待ち受けるPCR検査に気が重かったが、クロアチアの真夏の日差しに少し元気づけられた。そして、入国審査。差し出した必要書類を念入りにチェックする係官の鋭い眼差し、その数秒間がとても長く感じられた。そして、入国スタンプがパスポートに押された。「あのー、PCR検査はどこで行われるのですか?」と恐る恐る質問する私に、係官は「それは不要です。クロアチアの夏を楽しんでください。」あっけにとられた私に笑顔でパスポートを返してくれた。それでも納得がいかない私に係官は、今度は真顔になって、「後ろにはたくさんの方が待っています。どうぞお進みください。」と言い渡したのであった。

前述のとおり、クロアチア入国時にPCR検査があり、結果が判明するまでザグレブ市内のホテルで24時間待機と言われていた。しかし、待機がなくなったものの、私は予定通りザグレブに一泊することにした。伝説のホテル、エスプラナーダ・ザグレブを予約していた。

初めてこのホテルに宿泊したのは、旧ユーゴスラビア時代の30年前の1990年11月。翌年の9月に日本のオーケストラのザグレブ、リュブリアーナ公演が予定されており、当時、その公演ツアーのコーディネーターとして現地を訪問しており、エスプラナーダ・ザグレブに宿泊したのである。この頃、1989年のルーマニアの独裁者チャウシェスクの処刑に始まり、東欧民主化のうねりは、この国にも及んでいた。しかし、ホテルのロビーには、多くの勲章を身に着けた軍服姿の幹部、政治家、高級官僚とみられる人々が華やかなドレス姿の夫人たちを伴って現れ、ボールルームへと向かう光景を私は違和感とともに眺めていた。革命前夜のきな臭い空気が充満していたのだ。

翌1991年3月になってオーストリアの友人から連絡が入った。「Mr. Kogi。もうすぐユーゴスラビアは間違いなく内戦が始まる。9月の公演は即刻中止すべきだ。」すぐにベオグラードの日本大使に照会したが、「そんな風評を信じてはいけない。もしキャンセルとなれば私の面目も潰れる。」と反論された。しかし、地元や現場の情報ほど確かなものはない。複数の現地情報から、オーケストラのユーゴスラビア公演は中止を決定。その3か月後、1991年6月この地域は戦火の中となった。そして、バルカン半島に和平が訪れるまで、10年の歳月を必要としたのだった。

ユーゴスラビア内戦でのアーティスト達の活動は、今なお胸を打つ。サラエボでは、演劇活動は継続され、砲弾飛び交う中、市民たちは劇場に通った。演目はベケットの「ゴドーを待ちながら」である。今回のコロナ禍で、ドイツの文化大臣は「芸術活動は、創造的で不可欠なだけでなく、私たちの生命維持装置である」とまで訴えた。戦災、人災、天災はどの時代にも人間社会に降りかかってくる。どんな境遇にあっても、人間であることの証が不可欠だ。余談ながら、ユーゴスラビア公演を中止したオーケストラ「東京交響楽団」は、2016年欧州文化首都ヴロツワフ(ポーランド)に招聘され、その際にザグレブ公演も実現した。実に25年の歳月が経過していた。

 

話を戻す。翌日、欧州文化首都が手配してくれた車で、リエカに向かった。到着したリエカは、アドリア海の眩しい夏の太陽が降り注ぎ、街を行き交う人々には、喜びの表情で溢れていた。多くの笑顔の背景に感染防止と社会生活の再開を同時に行うリエカ市民の強い決意があると感じた。私はそれをしっかりと見届けることになる。次回は、欧州文化首都の生き生きとした再開の様子をレポートしたい。

※次回は9月20日に掲載

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