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[Vol.194] (新たな)リズムを生み出すリズム ②

ヴェロニカ・モラヴィエツ

Noks Collective
コーディネーター/キュレーター

 ほんの数週間前、私は、アムステルダムからやって来た一人はポーランド出身、もう一人はチュニジア人の2名のアーティストと、ベルリン在住の若い日本人アーティスト、私の姉妹と甥、母、そして93歳の祖母とともにソポトのビーチに腰を下ろしていました。その日はまだ2月ということもあり寒さが感じられましたが、バルト海の波はうっすらと青灰色がかっており、絶え間ない陸からの風が覆い尽くす雲を追いやり、ときには太陽が私達に顔を見せることもありました。

 私達はともに食事をとり、砂浜や海を楽しみ、そして英訳のささやかな助けを頼りにしながら、ポーランド語とロシア語混じりに祖母が語る物語に耳を傾けました。

©Julia Sokolnicka 

 ある時点で、私はこの問いかけをせずにはいられない気持ちに駆られました。私達は皆、どのようにしてここに至ったのか。この風の強い日に、ポーランドのグダニスク湾のほとりで同じテーブルを囲んでいる。その理由が、「INNE RYTMY: nonviolent revolutions」プロジェクトの第一弾の実施ためではないということは私も確信しています。確かに私達は、それ以前に出会っています。私とJuliaさんのようにある人は何年も前に、人口移動が遠い過去のどこかの時点で国家や集団や家系の創生に寄与したという説を正しいとするならば、ある人は誕生すらする前に、そして雄貴さんのようにわずか数か月前にというように。それでもこの疑問は、依然としてそこに漂い、私の脳裏を突き刺さすのでした。ともに時間を過ごしながら、幾つかの極めて関連性の高い問題について論じ合い、笑い、新しい友情を築き、ほぼ忘れ去られた物語を含む昔話の数々に耳を傾けるという同じ趣旨のもとに、私達はどのようにしてここに至ったのか。

 私に出せる一番の答えとして言えるのは、本プロジェクトとそれ以前に起きたあらゆる出来事が、都市の歴史や家族の歴史、幾世紀にわたって公共の場に出現した社会革命について、私達が多様な視点に飛び込み、耳にし、共有し、リズムに身を委ね、そして内なるリズムを見い出す機会をもたらしたということです。これらの革命は、一連のジェスチャーや言葉、そして既成の物語が私達ひとりひとりの身に備わるほどまでに、日々の現実や集合的記憶を形成づけたのです。

 こうした考察を明確化する上で、文化的に極めて異彩を放つ見解の持ち主である西村雄貴氏の存在は、極めて貴重といえました。彼のコメントやソポトで見聞きした現実や伝説について語る描写には、実に意識を目覚めさせるものがありました。私はソポトで長年過ごしてきましたが、誰かがこの街を、柔らかな、温かいもてなしに満ちた、思いやりのある場所である母胎になぞらえるのを聞いたのは初めてで、今もなお驚きを感じています。その場所は、この都市が築かれた直近100年の歴史によって形づくられただけでなく、武力を伴う政変による形成と再形成を経ています。この比喩はまた、それ以前の時代、すなわち海に接し抵抗する森がちな丘陵が織り成す海岸線の形成期に、リズミカルかつとめどない水と風の勢いが、野生的な風景を市民や旅行者から大変愛される優美なビーチへと次第に変容させていった時代にも言及しているのです。

©fotobank Sopot/UMS 

 本プロジェクトと、テーブルを囲んでのインフォーマルな場や、公のパネルディスカッションや展覧会のオープニングで私達が交わした議論の文脈において、ホスピタリティと絶えることのない日常のリズム、つまり生態系、政治あるいは社会の秩序といった我々の環境のなかで起こるありふれた変化の可視化から、もうひとつの問いが生じます。

 変化の契機を求めて私達はどこを探すべきなのか?革命の潜在性を探し当てるにはどこから始めればよいのか?こうした反体制的な社会運動において、たいていの場合、歴史的あるいは政治的秩序に異議を唱え、シンプルなジェスチャー、民間伝承的ともいえる物語、新しい発想のキャンバスとしての都市空間や建築の利用と通じて、社会の草の根に直に訴えます。私達は、今日に至るまで、ソポトやトリチティ全域全般で、あらゆる知識的・社会的背景を持つ人々が集結し、そのほとんどにおいて、ある社会派の労働者が職場や工房の工具で不当な利益を得ていたという強引な作り話を引き合いに用いて、大義のために闘う光景を目の当たりにしてきました(80年代のグダニスク造船所が発祥となった「連帯」運動では、抵抗器がツールならびにシンボルとして用いられたのです)。 それ以前には、50年代に、ソポトのジャズ音楽フェスティバルと関連した、小規模ながら喜び溢れる、自由な精神を称えたムーブメントがありました。概して、これらのフェスティバルは、都市のスペースを自分達のダンスフロアあるいはステージとして捉え、暴力行為に走ることなく人々が一丸となり、自分達の権利や尊厳を主張する方法を示しました。それは再び息を吹き返し、都市の公共スペースへと戻ってきました。これは90年代に、美しいビーチではなく、ナイトクラブを求めてソポトを訪れる訪問客や観光客の第一波に私達が門戸を開いたときのことで、これらのクラブで繰り広げられたレイヴやテクノ、熱狂的な芸術的パフォーマンスが、その夜が奏でるリズムの深淵へと飛び込むよう人々をいざなったのです。

 こうした状況を踏まえ、都市時代以前の思想と、刻一刻と進化と変化する止めることのできない波の源のメタファーとして海や風に立ち戻るという、人間の精神的ニーズの核心に触れる象徴的かつスピリチュアルな観念に取り組む雄貴さんの発想は、シンプルでありながら、同時にどこまでも思慮深いものがあります。

©Noks Collective 

 私は今後のミーティングや作品の制作に非常に高い期待を寄せています。芸術従事者として、そして人間として、認識を変え、「他者」の物語に敬意を持って耳を傾けることと自発的な集まりから成るシナジーに基づく協力関係における新しい特質を創造するために、ただひたすら他の人間との関わり合いを求めているのです。

 私は間違っているかもしれませんが、それほどかけ離れてはいないと思います。環境や政治、医療などの危機に直面するなかで、こうした深遠な相互の関わりや感情レベルでの交流、そして自分達の日常生活において自らが考えることが重要であるということをためらいなく感じてもらうよう人々に促すことが、今まさに私達が着手すべき極めて重要な行動であるといえるのです。それを非暴力革命の始まりにしようではありませんか。それを運動の始まりにしようではありませんか。なぜなら何かを行うには、行動しなければ始まらないからです。

 最後になりますが、私の祖母が、歌っているときでも彼女のことを理解してくれるこれらの優しい若者達と会えることを楽しみにしていることは、言うまでもありません。

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