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[Vol.112] 東欧を舞台に日本の音楽的静寂に音を彩る

イリヤ・グラマティコフ

ピアニッシモ国際現代ピアノ音楽祭、芸術監督

ユーリエンターレ(EURientale)プロジェクトの背景となった当初の構想は、現代音楽を専門とした国内唯一のフォーラムであるピアニッシモ国際現代ピアノ音楽祭(ppIANISSIMO International Festival of Contemporary Piano Music)のプログラムの一環として、ブルガリアで比較的馴染みの薄い現代日本音楽をプロヴディフとソフィアでの2回にわたるコンサートを通じてお届けするという、明快かつ慎ましやかなものでした。言い換えるならば、これまで長年にわたって日本と伝統的な芸術活動を主体とした文化交流を営んできた東欧の国において、現代の極東音楽に対する受容性を測るためのプロジェクトといえます。

 

私達はふたつの主要な条件を掲げました。1)欧州の音楽シーンにおける幅広い経験と膨大な現代日本音楽のレパートリーを有する、傑出した世界的に著名な日本人ピアニストを招聘すること。2)プログラムをピアノ音楽のみに限定せず、当イベントの音楽ジャンルや演奏形態の領域の幅を広げるため、声楽の要素を取り入れること。

 

徹底した調査を経て、私達はこれらのニーズを完璧に満たしたピアニスト、福間洸太朗氏に決定しました。福間氏は、全必要条件を満たしかつそれを上回るだけに留まらず、欧州のあらゆる一流の会場で輝かしい経歴を収める傍らで、若手日本人作曲家が福間氏のために特別に書き下ろした楽曲を演奏し、最新の日本音楽の振興を図ることが、自らの使命であり天命であると考えています。この考えに刺激された私達は、西欧に在住し活躍する世界的に著名なブルガリア人作曲家に新作の作曲を委嘱することを通じて、国際交流の概念をさらに一歩推し進めることに決めました。私達は、ルクセンブルクを拠点に最も成功を収める現代作曲家のひとりに名を連ねるブルガリア女性、アルベーナ・ペトロヴィチ=ヴラチャンスカ氏にお話を持ちかけました。彼女は福間洸太朗氏のアルバム作品と、日本人の持つ世界観および美学の両方に感銘を受け、このアイディアを快諾してくださいました。

この時点から、当プログラムの声楽部門の演目の選曲が、妥協のないクオリティを求めて、以前にも増して難航しました。私達は、極めて著名な日本作曲家に、欧州の典型的な音楽的伝統でありながら、日本の作曲界の楽派のあいだでそれほど広く開拓されていないジャンルの作曲委嘱を打診すべきであると意識していました。これに該当したのが、マドリガルというジャンルだったのです。このように、日本の現代声楽曲の創作活動と、ブルガリアを舞台とした他に類のない作品のプレミア公演の両面の活性化を促したいという願いが私達にはありました。この発想に心を動かされ、声楽アンサンブルのダイ・モンティ・ヴェルディの指揮者であるセヴェリン・ヴァシレフ氏が、世界的に絶賛を浴びる日本人作曲家、佐藤聰明氏に連絡を取ってくださいました。それからまもなくして手にした成果は、またもや私達の期待を超えるものでした。佐藤聰明氏が自ら手掛けるマドリガルのために選んだ文章は、8世紀初期に遡る、日本文化にまつわる現存する最古の歴史書『古事記』からの引用でした。私達はそこから日本の伝説的皇子、倭建命やまとたけるのみこと)の生涯とその時代を垣間見ました。佐藤聰明氏により『白鳥の歌』と題した新作のマドリガル形式の音楽が添えられたこの文章は、英雄が詠んだ最期の詩で、白鳥は、客死した倭建命の霊魂の化身とされる鳥です。そしてその音楽的所産は、悠久性と平安と静寂を漂うような、この上なく美しい瞑想的な音楽でした。

 

20世紀を最も代表する歌曲に数えられる武満徹氏編曲『さくら』との組み合わせで、『白鳥の歌』のプレミア演奏が披露され、ユーリエンターレ・コンサートの幕開けを飾りました。限りなく平安と静寂に近いその繊細さと、声楽アンサンブル、ダイ・モンティ・ヴェルディによる洗練を極めた初演奏を通じて、ブルガリアの現代音楽愛好家達は、これまで慣れ親しんできたときに耳を劈くような欧州の前衛音楽の慣習とは打って変わって、佐藤聰明氏の音楽が誘う遥か彼方東洋の精妙な音楽的美学の世界に力強く魅了されたのです。

引き続くプログラムでは、福間洸太朗氏の至極のピアノ技巧が奏でる多彩な日本人現代作曲家による作品の数々のリサイタルが繰り広げられました。その演奏は、伝統的な日本文化の典型をなす画像やシンボルと相俟って、意味に満たされた音楽的静寂、音楽的な音の性質と自然そのものの持つ音楽的な音といった概念を、空前のスケールへと押し広げました。曲目は、古雅な日本人女性の理想とされる着物姿の女性が扇子を手に舞う様子を描いた上村松園画伯による同名の名画から着想を得た徳山美奈子氏作曲の『序の舞』、ピアノの音色の基本と可能性に立ち返った藤倉大氏の『2つの小品』、室生犀星の俳句 「冬日さむう蜉蝣くづれぬ水の面」から着想を得た武智由香氏の『冬日 / 蜉蝣 (かげろふ)』、作品を通じてサステインペダルを踏んだまま演奏されることにより美しいハーモニーを織りなす佐藤聰明氏のミニマルなピアノ曲『コラール』、両曲ともに作曲家が大江健三郎著の小説に触発され、自然の音あるいは音楽とともに自然のなかに身を置く感覚の表現を試みた武満徹氏の『雨の樹 素描IとII』で構成されました。

 

福間洸太朗氏のコンサートプログラム後半では、アルベーナ・ペトロヴィチ=ヴラチャンスカ氏作曲による自由曲『夢の川(River of Dreams)』とアラン・ゴーサン氏作曲の広大なメガロポリスの雰囲気に呑み込まれた隠喩的埋没感と方向感の喪失を描いた『トウキョウ・シティ』の存在と、さらに作曲作品において伝統的日本音楽の影響を色濃く受けたクロード・ドビュッシーの名作『夢想』が盛り込まれたことにより、東洋と西洋間における双方向の文化的影響や相互作用が浮き彫りになりました。その一方で、武満徹氏が折に触れてドビュッシーのようなハーモニーを目指していたと述べていたことに挙げられるように、ドビュッシーの音楽は、日本の近代音楽にとりわけ多大な影響を与えてきました。

豊かな日本の伝統と東西間の活発な異文化相互関係を際立たせたユーリエンターレの舞台で、ブルガリア人声楽アンサンブル、ダイ・モンティ・ヴェルディを共演に迎えた福間洸太朗氏の東欧舞台でのデビュー公演は、プロヴディフとソフィアで開かれた過去の音楽シーズンにおいて最も魅力に満ちた音楽イベントのひとつとなりました。コンサート上演中に魔法のように音楽的静寂が奏でられる光景と鮮明なコントラストをなした、鳴り止むことなく響きわたる観客の拍手喝采が、その証として物語っていました。

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