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[Vol.245] 時制と贈与と演劇

筒井 潤

dracom

dracom『楽しみな世界』は、当初から、私たちの未来についての演劇作品になる予定でした。dracomのリーダーである筒井潤が、コロナ禍において、現代を演劇作品で描く難しさを感じていたからです。現代社会の複雑さは、多くの思想家や学術研究者、そしてジャーナリズムによって、日々露わになっていっています。それに従い、人々の考え方は細分化されていきました。それはとても良いことです。それは、人間に希望や反省のきっかけを与えてくれます。ただし、ひとりの、あるいはほんの数名のグループによって創作された芸術作品が、何かを象徴できる世の中ではなくなりました。そして、状況はより深刻になりました。大資本が、響きの良い言葉を配して、対象としての現代社会と、それを映す鏡のどちらも、つくるようになりました。市民ひとりひとりの切実な想いを反映した芸術とその未来は、確認されにくくなりました。

そこで、2020年の年末に、劇団員たちで、一般的な未来に関する雑談を始めました。まずはインターネットや生活必需品の進化、医療の発展といった、未来の技術について考えました。このテーマについての参考文献はたくさんあります。『楽しみな世界』の活動のスタートとしてはよかったです。そして、私たちは技術としての話し言葉についても議論をしました。現在、日本語における敬語の使われ方が過剰になっているという事象について、それぞれの考えやリサーチ結果を交換しました。そのときに、インドネシアの公用語が選ばれる過程において、敬語が複雑な言語は拒否されたことを知りました。また、社会の形は言語のフィルターを通してできていること、過去や現在、未来を表す時制が文法としてない言語の存在を知りました。エンターテイメントは、次の瞬間に何が起こるかわからないにもかかわらず、それを予測しようとする人間だけが持っている想像力によって、今日まで育まれてきました。しかしだからこそ、あらゆるエンターテイメントが、人間中心主義の促進に加担したのです。

以上のような議論を経て、dracom『楽しみな世界』の台本は、次の2つの工夫がなされました。ひとつめは、敬語の台詞がない。そしてもうひとつは、登場人物たちが、未来の予定を過去の出来事のように理解し、過去の出来事を今後の予定のように語ります。彼らの時間の認識が、近代以降の常識とは異なるのです。このたった2つの工夫で、スペクタクルのない、ささやかな人間の会話のみの上演が、不思議なSF作品のようになりました。ベケットの世界観を思わせましたし、カルロ・ロヴェッリの「この世界に「時間」はなく、あるのは出来事と関係だけだ」という言葉を私たちに連想させました。未来のことがわかっている人々は、事前に対立を避けるように振る舞い、終始穏やかな交流を続けます。対立や危機はエンターテイメントの重要な要素です。結果、この作品はエンターテイメントではなくなりました。しかし、観客の想像力はとても刺激されたようです。「さっぱり意味がわからない」という意見もありました。それは仕方がありません。あくまでも時間を認識して上演を理解しようとし続けたら、鑑賞者はとても困惑するでしょう。一方で、「心が穏やかになった」という感想には、私たちは、嬉しいけれど、驚きました。私たちの言語の時制と、それが生み出す緊張感は、社会の合理性やたくさんの娯楽作品を生んできました。そして人間は疑うことなくそれを望んできました。しかし、それが人間の心を狂わせる原因にもなっているのではないか、と私たちは改めて感じました。この公演で発表したdracomの問題意識は、まだ実験の段階です。私たちはそれを今後の活動でさらに深め、強いインパクトのある作品へと発展させていきます。

『楽しみな世界』の創作のために始めて、公演が終わった後でも続けているリサーチがあります。それは「贈与」に関するリサーチです。私たちは町を歩いていると、帽子や手袋、ハンカチといった、落とし物を見つけます。貴重品であれば警察に届けないといけませんが、それは、大した緊急性がない落とし物です。車や人に踏まれている落とし物もありますが、ときどき、明らかに、その落とし物が、道の端や目立つ場所に、誰かによって置き直されているのを発見します。それは、誰かによる、見知らぬ誰かのための親切な行為です。もしかしたら、落とし物は持ち主の元に戻らないかもしれません。また、持ち主の元に戻ったとしても、おそらく持ち主は拾った人にお礼を言えません。そして落とし物を拾った人も、感謝されることを期待していません。この、交換が存在しない良い行為を、「贈与」と定義づけ、dracomのメンバーで、この類の写真を撮り、集め、上演ではスクリーンに映写して、それらについて解説しました。これは、先ほど述べた、言語の時制にも関係しています。この交換を期待されていない存在には、過去と現在、そして未来のすべてが等しく含まれています。将来に向けた明確な目的があり、利益や賞賛といった交換を要求する行為は、このような純粋な存在にはなれません。

この落とし物に、dracomは演劇を発見しました。演劇とはまさにこのような芸術ジャンルなのではないでしょうか?

dracomはこのリサーチを紹介するレクチャーやワークショップの開催などを通して、さらなる演劇の追求を今後も続けます。

 

 ※贈与に関する写真は現在、200枚を超えています。

 

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*プッシュ型支援プロジェクト#TuneUpforECoC 支援アーティスト*
https://www.eu-japanfest.org/tuneupforecoc/

 

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