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[Vol.269] ブルガリア初の剪画巡回展

アネリア・イヴァノヴァ

NGO

「日本の美」と題した色彩豊かな剪画展は、当初単発のイベントとして、2021年11月にプロヴディフで開催されました。35名の作家による130点を超える作品が発表され、見事な展示となりました。本展は、開幕を迎え、瞬く間に会期が過ぎ去り、来場者数も良好で、ご好評をいただきましたが、あいにくブルガリアで新型コロナ感染症拡大のピークと重なったこともあり、特に他の都市から来られ、展示を鑑賞できた人達はそれほど多くありませんでした。

One part of the exhibition in Sofia ©Aneliya Ivanova

そこで私が思いついたのは、この展覧会を巡回展として企画し、ブルガリア全土にお届けしようという途方もないアイディアでした。そのアイディアとは、自治体からのサポートが得られる他の都市でこれを実施し、そうすることでギャラリーのレンタルや自主的なプロモーション活動に多額の資金を費やさなくて済み、その分移動や宿泊といった巡回展に関連した他の費用に注ぎ込むことができるというものでした。私は、EU・ジャパンフェスト日本委員会がこのアイディアを受け入れ、巡回展を大冒険に発展させていくにあたってご支援をくださったことを、心から嬉しく感じています。それは容易な道のりとは言えませんでした。私にとって数ヶ月にわたる厳しい時期が待ち受けていました。各都市でのイベントを宣伝し、それぞれの開催に向けて膨大な資料を作成し、すべての開催都市に足を運び、展覧会を準備し、正式にオープンし、関連プログラムを実施し、その場を去る必要がありました。そして2週間ほど経った後に再びその都市に赴き、展示の撤収および梱包を行い、次の開催都市へと持って行き、一からの繰り返しという日々でした。それでも、人々の幸せな称賛に満ちた表情を目の当たりにしてからは、間違いなくやる価値があったと断言できます。

この巡回展の最初の開催地はソフィアでした。ブルガリアの首都ということもあり、日本文化の愛好家が最も多い場所である反面、他にも非常にたくさんのイベントで溢れていることから、展示会場を探すのは通常であれば至難の業と言えます。しかし幸運と友人からの助けに恵まれ、私達はソフィアの繁華街の真ん中に位置する素晴らしいギャラリーを押さえることができ、私が描いていた当初のアイディアどおり、一部の作品のみの展示ではなく、完全なかたちでの展覧会の開催に漕ぎつけました。この展覧会は非常に高い評価を博し、ワークショップにはたくさんの参加者が出席しました。私達は、今回初めて剪画のワークショップを実現することができました。

ブルガス、スタラ・ザゴラ、ヴェリコ・タルノヴォ、シャブラで開かれた他の巡回展は、地元の方々と私達双方にとって大変興味深いものとなりました。これらの都市で初めての開催であったことから、人々が初めて剪画に出逢い、すっかりとりこになりました!

スタラ・ザゴラでの巡回展は、とりわけ格別なものとなりました。市が1000部を超えるポスターを印刷し、本展を然るべきかたちで広報を展開してくださいました。この展示について、私は非常に心配していました。なぜならば、展覧会の準備のために現地を訪れた際に、このギャラリーには貴重な常設展があり、そこを通り抜けて剪画展にたどり着かなければならないことから、ギャラリー自体に入るのに入場料が発生することが判明したためです。小都市に住む人々にとってこれが問題になるのではないかという懸念がありましたが、それは誤った思い込みに終わりました。正式オープニングが他の市の主要なイベントと重なっていたにもかかわらず、展示会場は賑わいをみせ、多数の重要な方々にもご出席いただきました。この展覧会が私達にとって大切だったのには、もうひとつ理由がありました。それはスタラ・ザゴラが、出展作家のひとりであるプラメン・カロフ氏の出身地であったからです。彼は故郷の皆さんに自分の作品を披露することを誇りに思い、この街の人々もまたこのような才能溢れる地元のアーティストが存在することを誇りにしていました。

さらに、10年近い私達の活動の歴史のなかで、非常にたくさんの作品が売れた初めての展覧会となりました。人々に心から愛される展示となり、来年にさらなる展覧会を開催するお誘いもいただきました。

シャブラでの展示もまた、とても意外でかつ興味深いものとなりました。私は、巡回展を展示する5つ目のギャラリーが見つからず、不安を募らせており、このプロジェクトを4つで完結させるべきか考えていました。ところがそのとき突然、シャバラのグリーン・センターのディレクターから電話があり、そこを会場に展覧会を開いてほしいとのご依頼がありました。日本人の方と結婚され、長年日本に住んでいるブルガリア人のユリアナ・アントノヴァー‐村田氏を通じて私のことを知ったということでした。村田氏は、日本での自らの暮らしについて物語る3冊の本を執筆し、ブルガリア人オーディエンスに愛されています。彼女は新刊のプロモーションツアーを計画しており、本のプロモーションと日本の美術の展覧会を同時開催させたら面白いのではないか、と考えたそうです。こうして私達の5つ目で最後を飾る巡回展が実現したのです。

A shot from the day of the official opening – you can see the director of the gallery holding the exhibition booklet. ©Emil Iliev

これらの展覧会の開催中に起こったさまざまな出来事のなかで、出展作家のひとりである日本人アーティストの菅谷順啓氏の訃報がありました。その知らせを聞き、私達は深い悲しみに包まれましたが、彼の作品をブルガリアで披露できてよかったと感じています。

私達はいま、次なる剪画の冒険への期待を胸に、日本でもこの素晴らしい展覧会をお届けできるよう願っています。

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