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[Vol.227] 映画への道のり

パウラ・キョウ

スィー・メディア、ディレクター

©Saoi Media

映画『City of a Thousand Suns』製作の道のりは、2016年に始まりました。私は、オーン・オトゥーリシュクというアイルランド人詩人による『Aifreann na Marbh / Mass of the Dead(アフリャン・ナマルヴ / 死者たちのミサ)』と題した詩に出逢いました。アイルランド語で書かれたこの詩は、広島の原爆投下により命を失った人々を悼むものでした。ダブリンの街を巡る旅に出かけた詩人のある男は、彼が出くわす誰もが何かしらのかたちで広島の原爆に加担しているという妄想に駆られます。この詩は、原爆が投下された1945年8月6日の一日を追う設定となっています。詩人は、闇の核心に向かって進む道のりを通じて世界を再構築する探求の旅へと乗り出します。この詩はいくつかの点で、風変りな作品といえました。非常に長く、濃密なストーリー展開となっています。物語は、第二次世界大戦への非参戦国だったダブリンの街を舞台にしています。さらに、この詩がはじめて出版されたのは、広島の原爆投下から20年近く経った1964年になってのことでした。オーン・オトゥーリシュクは、1959年に公開されたフランス映画『ヒロシマ・モナムール』を観た後にこの詩を執筆したのではないかという考えが私の頭をよぎりました。詩に描かれた数々の情景に、この映画を彷彿とさせるものがあったからです。私はこの映画が大好きで、何度となく観たものです。映画『ヒロシマ・モナムール』がラブストーリーの形式をとる一方で、オトゥーリシュクの詩はカトリック教会のミサの構成をもとに書かれていますが、これらの作品は同じ出来事に対しての応答であり、そのナラティブ戦略には共通点が見出せます。両作品ともに比喩的なロジックと反復を用いながら、過去と現在の往来を繰り返しています。この映画も詩も、二つの都市を切り返し映し出しながら、原子力後の世界における社会的記憶と、悲惨な出来事に対する私達の忘却力を考察しています。オーン・オトゥーリシュクは映画に恩義を感じており、その恩は彼の詩が映画化されてはじめて報われるものと私は想像しました。そこで私は架空の恩義に応えるべく、この試みに着手したのでした。こうして本プロジェクトが始動したのです。2016年にニュースで流れるシリアのアレッポで起こった破壊の様子の映像に心煩わされたときのことは記憶に留めるに値します。そこには共鳴し合うものがあるからです。1945年以降原子爆弾が使用されていないのは確かですが、当時も依然として軍産複合体が勢力を増していました。世界じゅうのどこかで、ある都市が破壊に晒されていたのです。

©Saoi Media

映画の製作は、長期に及び、時には骨の折れるプロセスとなりがちですが、それはこの映画にもいえることでした。最初の企画書を作成してから4年半が経ちますが、企画開発中、私はこの映画を製作する上での最良のアプローチを求めて、幾つもの異なる道筋をたどりました。そのうちに、私はこの題材の甚大さと、それに伴う責務に気づき始めました。ダブリンの街をさすらう詩人という役どころに相応しい俳優を探すことそのものがひとつのプロセスといえました。最終的にこの役に見事に当てはまったのが、マーカス・マコンガイル氏でした。悲しみに疲れ果てた一人の男が、時代を超えた空間で世界を歩み進む。時の狭間に巻き込まれていく。

開始当初よりフィアガル・ワード氏を撮影監督に迎え、私達は詩に位置付けられたダブリンの通りをたどりながら、その道のりを撮影しました。こうして詩に登場するあらゆるシーンや場所を再現したのです。私達は広島へと赴き、ダブリンとの鏡をなす都市として撮影を実施しました。そこで幸運にも、私達が求めていたダブリンの詩人の人物の鏡像にまさに適役の、明木一悦氏を探し当てることができました。

©Saoi Media

私達は日本での撮影のあいだ素晴らしい時間を過ごし、またその道中には数々の冒険が待ち受けていました。そのうちのひとつが超大型台風で、これにより飛行機が欠航となり、旅程に混乱を来しましたが、それもすべて冒険の一部となりました。 

時が経つにつれて、フィアガル・ワード氏が私にとって主要な協力者という存在となりました。私達が撮影素材をまとめていく方法を模索するなかで、彼は持ち得る映像制作の技能を本プロジェクトに持ち寄ってくださったのです。私はこの物語を伝える責務を共有する楽しみを得ました。その結果、本作は、この出来事を映画で表現することの不可能性と、他の映像作家達が表現を試みた際に味わった苦悩がにじみ出た映画となりました。この詩に綴られた謎に満ちた道のりが、この探索の旅の土台として見事に奏功しており、それは映画の中盤に顕れています。この映画には、詩の本文はごく僅かしか登場しませんが、この詩が追究するテーマはすべて盛り込まれています。

また私達は、原爆投下後の広島のアーカイヴ映像をあまり見せないことに決めました。なぜならば、決まって目にするものとほぼ予測できる壊滅的な惨状や痛ましい苦しみの光景については、誰もが前もって見る覚悟を決めているからです。撮影の開始以前に、私は1935年に広島の街で撮られた素晴らしいアーカイヴ映像を発見し、それが私達にとって極めて重要な存在となりました。その映像は、広島平和記念資料館からのご厚意により使用させていただけることになりました。そこに登場する小さな男の子がカメラを覗き込む場面は、トリスタン・ワーナー君が演じるダブリンの男の子を配役するきっかけとなりました。こうして呼応と鏡像を駆使したことにより、地理的およびアイデンティティ的境界を崩すことができました。遥か彼方の街の住人とのつながりを浮き彫りにし、その結びつきを強固にすることで、記憶の重荷が分かち合えるのです。

©Saoi Media

映画が完成した今、私達は2021年に開催される展覧会に向けて様々な国際映画祭に幅広く応募を行っているところです。本作が映画祭サーキットにおいて好評を得るものと私達は期待を寄せており、また可能であるならば、映画館でのライブ上映の開催をもって映画作品の公開を迎えたいという想いがあります。また映画『City of a Thousand Suns』は、2021年後半あるいは2022年初旬に、アイルランド語によるテレビ局TG4でも放映が予定されています。

75年前に起こり、世界を決定的に変えた広島での原爆投下という出来事に対しての詩情溢れる応答として、この映画が世界各国の津々浦々で発表されるよう切に願っております。 

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