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[Vol.121] 文化間の懸け橋を果たす能楽

ぺトコ・スラヴォフ

山本能楽堂プロジェクト・コーディネーター

過去数年にわたり、山本能楽堂の代表理事であり能楽師シテ方を務める山本章弘氏、ブルガリア人女優マヤ・ベジャンスカ氏と、筆者である私は、ブルガリアにおいて舞台演劇分野に新たな息吹をもたらすとともに、日本と欧州の文化を比較し、これらをより緊密なものとする取り組みを進めてて参りました。私達は、7世紀もの伝統を誇る能楽を通じて、日本の伝統文化を観客の皆さんにご紹介するだけに留まらず、本舞台作品の出演者ならびに観客をよりいっそう啓発する手段のひとつとして能楽を活用することを目指しています。山本能楽堂では、この10年来、重大な地球環境問題への意識を喚起する努力も併せて行っています。

欧州文化首都プロヴディフ2019の公式イベントを視野に入れ、私達は再び手を取り合い、役者と観客のための機会だけでなく、ブルガリアの子供達に永続的な影響をもたらす契機を創り出すことを決意しました。こうした目標を胸に、補足解説を要せず理解しやすい、バルカン半島にまつわる伝説をもとにした親しみやすい新作能の制作に乗り出す運びとなりました。また本新作は、地域の俳優や子供達を巻き込み、他の欧州諸国で発表することを踏まえ、アレンジが加えやすい作りとなっています。さらに、本作の物語のプロットは、人類と自然との結びつきを中心に展開し、これは国際連合が推進する持続可能な開発目標(SDGs)にも関連しています。こうして私達は、新作能『オルフェウス』の構想へと辿り着いたのです。

日本とバルカン諸国の古典的文化を並置するには、プロヴディフの古代ローマ劇場が最も相応しい舞台であるとの結論に達しました。2019年9月27日と28日の日程で、比較的短めの伝統能2演目の公演と、新作能『オルフェウス』の公演という2つの異なる公演を実施する方向で固まりました。山本氏は、マヤ・ベジャンスカ氏のほか、2名のブルガリア人女優ステラ・クラステヴァ氏とマルガリータ・ペトロヴァ氏を抜擢しました。女優陣は、能楽とその演技の規範に圧倒的な関心を示し、複雑な一連の所作もすぐさま習得し、再現することができました。事前に日本語研修が行われなかったことから、謡本を覚え発音することが彼女達にとっての最大の難題であることが判明しました。それでも、詞章の意味や、基本的な文法と音声学を解説するために何度か打ち合わせを重ねた末、彼女達は発音と発声の技法を究めるまで上達しました。

これらの公演は絶大な評価をもって受け入れられ、各公演で600名を超える観客動員数を記録しました。これはプロヴディフの都市規模では大盛況といえます。9月27日の公演では、プロの日本人能楽師のみで演じられた『羽衣』と、ブルガリア人女優が演じる『土蜘蛛』の2演目を上演しました。かなりの短期間に準備と極度に難解な詞章や演技技法に臨んだことを考えると、ブルガリア人女優達は、忠実かつ巧みに能楽の芸術を表現し遂げたということができ、その成果を観客が見過ごすことはありませんでした。9月28日の公演では、新作能『オルフェウス』の初演が披露されました。日本人能楽師とマヤ・ベジャンスカ氏と子供達は、立派に演じ上げ、作品の心を見事に観客に届けるに至りました。私達は、ブルガリア人と日本人の観客から個人的な感想を頂き、それがソフィアと他のバルカン諸国でも本作の上演を実施していく上での励みとなりました。子供達は、稽古を重ねるなかで内気さを乗り越え、遂には観客の心をとりこにするまでになりました。このことが忘れ難い体験となり、子供達は日本人能楽師達との別れを悲しみました。マヤ・ベジャンスカ氏は、現在もなおこれらの子供達とのワークショップを定期的に実施しており、狂言の演技の一部が週末キャンプでの活動の定番となったのです。

本プロジェクト全体が大成功のうちに実施を終えました。とはいえ、この試みは達成済みのゴールではなく、未だ領域の定まっていない何かの始まりに過ぎないと私達は考えています。2020年にはギリシャと北マケドニアでの公演の計画が予定されており、既に幕間狂言に出演する子供達の募集を始めています。私達は、本作『オルフェウス』が、能楽の芸術を通じて世界をより良くするという目標達成を目指す私達を乗せて運ぶアルゴー船となることを望んでいます。私達が日本へ戻った後も、制作の過程で得られた知識や技能だけでなく、作品に込められたメッセージが、いつまでも参加したひとりひとりの心のなかに鮮明な印象を残し、息づいていくよう願っています。   

 

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