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欧州文化首都における日本関連プログラムを支援しています

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[Vol.203] コロナ禍の欧州へ 事務局・古木の訪問記(その5)

古木修治

EU・ジャパンフェスト日本委員会 事務局長

パンデミックで再確認したグローバルな連帯の力強さ

リエカ滞在中、市長や欧州文化首都CEOのIrenaさんと今後の取組について議論を重ねた。長年かけて築いたパートナーシップにゆるぎはなく、実に建設的な内容が飛び交うことに私は手ごたえを感じた。絶対に必要なのは、お互いの熱意だ。議論を交わす中、ふと、私の脳裏をかすめたことがあった。日欧が激しく対立していた過去である。現在では信じられないことだが。

今から30年前、日本経済は世界の頂点にあった。企業の時価総額ランキングの1位から5位を日本企業が独占、上位50社でも32社の日本企業がその名を連ねた。その頃、日本の圧倒的な輸出力の前に、欧州各国の経済は苦難を強いられ、日欧貿易摩擦という政治問題となった。日本は欧州側の厳しい批判にさらされ、「エコノミックアニマル」という蔑称も生まれた。経済は一流でも、日本には文化があるのかとまで激しく批判された。トヨタや任天堂は知っていても、欧州市民の日常にとって日本文化の影は薄かった。もちろん、欧州にも日本研究者は数多くいたが、日本バッシングの嵐の前に存在感はなかった。

当時、日本は政府や経済界を挙げ、潤沢な財力にものを言わせて、大規模な「国際交流」と称する文化行事を積極的に推し進めていた。ありとあらゆる日本文化プログラムが海を渡った。日本が紹介したいと思うものには、予算が付けられ、欧州側が関心を持とうと持たなかろうと次々に実施された。自分たちが誇る文化を紹介すること自体は意義あることだ。しかし、交流とは名ばかりの一方通行では、理解が深まることはあまり期待できない。案の定、壮大な文化行事は終了後、砂漠にまかれた水のように多くの姿は消えてしまった。日本のバブル崩壊とともに、これらの「国際交流」は萎んでいった。

時を同じくして、グローバル化の波が情報革命と同時に世界中に押し寄せるようになった。1992年、欧州統合完成の前年、ベルギー政府から寄せられた協力要請が契機となり、NGO「EU・ジャパンフェスト」が誕生した。一過性ではなく、長期的な視点で創造的かつ継続的なグローバルな連帯を支援しようと日本の経済界や欧州各国の駐日大使の有志が集った。以来、28年にわたって活動は輪を広げ続けてきた。

Rijeka 2020 CEOのIrenaさん(中央)らとのミーティング

そして、今回のコロナ禍が勃発した。当初は、短期間で収束すると思われたが、日を追うごとに感染は世界に広まり、欧州文化首都は活動の真価を問われることになった。

昨年秋に就任した國部実行委員長は、半年後、世界全体がこのような事態に陥ろうとは想像していなかったに違いない。しかし、この事態に陥っても、実行委員長として、彼の推進、継続に対する信念はいささかもゆるぎなかった。欧州文化首都との連帯と連携の促進を力強く私たちに指示した。

それを受けて、欧州文化首都と活動の継続を再確認したが、異次元のこの状況の中で、具体的にどのように進めてゆくのか。それが私のリエカ訪問の重要な目的の一つであった。いくらリモートで情報を収集し、話し合っても互いの情熱がなかなか伝わらない。最後は、Face to Faceで結論を見出さなければならないのだ。リエカ滞在中のミーティングでは、具体的に以下の3つを私たちは共有した。

  • パンデミックの期間におけるオンラインでの活動を支援する。
  • オンラインで発表したプログラムを発展させ収束後に実施する。
  • これまで積み上げたプログラムを収束後に延期して実施する。

これらのステップの共有は、より長期的な取り組みへと弾みがついた。

リエカ市長とのミーティングにて

欧州文化首都は、今や世界100か国のアーティストが集うグローバルな取り組みへと発展した。私は1993年以降、28年間で開催された48の欧州文化首都すべてに関わってきたが、最近、少しずつ疑問を持つようにもなったことも正直なところだ。長い時間と多くの人々がエネルギーを傾けて準備を重ねてきたことを、一年間という限られた時間で全て実現することの難しさが頭をもたげてきたからである。リエカはゴールウェイと同様に、コロナ禍で実施できなかったプログラムを中止することなく、翌年に延期し、2年間にわたり、実施することを決めた。それは、未来へ向けて、持続的な活動の後押しとなるはずだ。また、欧州文化首都に関わった市民やアーティストが、日欧を自由に往来し、将来の共同の取り組みを創造するために、合計100名の人的交流を支援する「パスポートプログラム」もはじまることになった。欧州文化首都は、開催年で終わるのではない。むしろ、終了後、未来に向けて、そしてローカルでグローバルな連帯を強め、成果を持続発展させること。それはコロナ禍で一層強まった。

悲観は感情の問題。楽観は意志の問題なのだ。

※次回は9月24日

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