• shareshare
  • shareshare

欧州文化首都における日本関連プログラムを支援しています

HOME > コラム > コロナ禍の欧州へ 事務局・古木の訪問記(その13)

[Vol.211] コロナ禍の欧州へ 事務局・古木の訪問記(その13)

古木修治

EU・ジャパンフェスト日本委員会 事務局長

とにかく若者たちが元気いっぱい。ノヴィ・サド。

欧州文化首都が始まって以来、毎回、最も重要な取り組みとして位置付けられているのが若者達のためのプログラムである。なかでも、1999年の欧州文化首都ワイマール(ドイツ)が掲げた構想は、今なお、その後の各都市に大きな影響を与えている。私は幸運にも1999年の開幕におけるヘルツォーク大統領の演説を拝聴することができた。彼は聴衆に語りかけた。
「皆さん想像してみてください。18歳と26歳の2人の若者がワイマールの広場で多くの市民を前に、家畜を追う鞭を打ち鳴らし、人々に恐怖を与えている。そして、彼らは気の済むまでワインを飲み続け、酔っ払い、周囲に悪態をついている。多くの市民は、彼らが行ってきた悪行がどのような結末を迎えるのか、不信感を抱いていたに違いありません。しかし、この若者たちはいわゆるスターでした。この2人の存在なしにその後のワイマールの黄金時代がくることはなかったのです。ワイマールの神話も生まれず、そして今年、欧州文化首都を開催することもなかったはずです。彼らは18歳のカール・オーガスト公、そして26歳の詩人のゲーテでした。彼らの行動は時にスキャンダラスでしたが、彼らの友情こそが、その後、政治的、理知的、文化的協力を生み出し、今日のワイマールへと繋がったのです。」スピーチは続いた。

「私達には、政治的な戦略や、技術革新を超える何かが必要なのです。人々の文化への要求や憧れが真剣に受け止められるなら、私たちの将来はとても人間らしいものになるでしょう。だからこそ、大人は子供たちの芸術的才能や特性に敏感になり、必要であれば助けるべきでしょう。そして、大多数が即座に評価しない芸術の形に対しても適切な立場を認めるべきであり、コスト削減の対象として真っ先に挙げるべきでないのです。政治的、経済的な思考と文化的思考の間に壁を作ってはなりません。それには、若きオーガスト公とゲーテの2人が疾風怒涛の時代に築いた実例があります。文化の発達は、計画通りにはいかないこともあり、苦労は伴いますが、予想もしなかった場所で文化は誕生し発展を遂げるのです。」

 彼の演説は、若者たちの未来に賭ける情熱と決意に満ちていた。

Culture Centre LABの建物

一方、まさに同じ時期、1999年3月遠くセルビアの地では、NATOによる大々的な空爆が始まっていました。21年後、爆撃で破壊されたノヴィ・サドの人々が、世界からのアーティストともに欧州文化首都を開催することになるとは誰にも想像できなかったはずだ。

欧州文化首都は気の遠くなるほどの長期的な取り組みである。構想を立ち上げてから、競合都市と誘致合戦を繰り広げ、開催に辿り着くまでに10年の期間を必要とする。しかし、開催の1年で繰り広げられるプログラムがゴールではない。むしろ、未来に向けての出発点として、位置付けていることに大きな意味がある。10年後、50年後、100年後さらに先の未来の姿をしっかりと心に刻み活動を展開する。長期を視界に入れているだけあって、未来を担う若者たちの欧州文化首都の役割、使命は極めて大きいことが分かる。

ユースプログラムの在り方を考えるとき、ノヴィ・サドの努力や実現に向かうエネルギーには学ぶべきことが実に多い。セルビアはEUに加盟していないが、文化面で国内はもちろんのこと、欧州各国と一体となってグローバルに活動している。2019年にはEUが制定する「若者達の首都(Youth Capital)」のタイトルを獲得、欧州文化首都の準備活動にも連動し若者たちのグローバルな展開が加速した。今回、ノヴィ・サドで政府の支援を受けずNGOでスタートした活動家の方々にもお会いした。「Culture Centre LAB」のリーダーのスタニスラフ・ドルチャさん(Mr Stanislav Drča)さん。彼は若者たちの先端的なアートに焦点を当て、数年前から大きな邸宅を格安で借り、改造を繰り返しながら、スタジオ、アトリエ、ダンスなどの練習場など施設を次々と作り、多くの仲間たちと活動を展開している。いまや、ノヴィ・サドではクールで熱い拠点だ。まさにヘルツォーク大統領が指摘した「大多数が即座に評価しない芸術な形」に対して活躍の場が生まれている。

右端がカルチャー・センター・ラボのリーダー、スタニスラフ・ドルチャさん(Mr Stanislav Drča)。

また、NATO空爆の翌年の2000年からは、地元の若者たちによるロックフェス「Exit Festival」が立ち上がった。現在は、世界有数の規模に発展し、毎年、世界中からロックスターや熱狂的なファンが集まる。今夏は、コロナ禍で中止を余儀なくされたが、来年の欧州文化首都での展開は今から楽しみである。

若者の内面に秘められた可能性には目を見張るばかりだ。コロナ禍は、世界のアーティストや人々の連帯や連携を一層強めた。その様子は、一見カオスに映るが、その先にはきっと新たな人間らしい社会が世界の各地で生まれるに違いない。ノヴィ・サドの若者達との対話を通じて、私は確信したのだ。

(左)世界有数のロックフェスティバルに成長したEXIT Festival ©EXIT Festival
(右)来年の開催に向けて強い意志を示したEXIT Festivalディレクター

※次回は10月10日

▲Page Top