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欧州文化首都における日本関連プログラムを支援しています

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[Vol.210] コロナ禍の欧州へ 事務局・古木の訪問記(その12)

古木修治

EU・ジャパンフェスト日本委員会 事務局長

連帯と継続は、欧州文化首都が貫き続けてきた姿勢

EUジャパンフェストは、1993年から欧州文化首都に協力を始めて28年が経過、これまでに開催の46都市全てと関わってきた。EU加盟国は当初の12か国から27か国へ拡大。一方、欧州文化首都は今や世界100を超える国と地域から参加するようになり、文字通りグローバルな連帯でこの活動は発展してきた。

今年3月ヨーロッパにコロナ感染が広がった。その事態に欧州委員会の対応は迅速だった。フォン・デア・ライエン(von der Leyen)委員長は緊急声明で「世界的なパンデミックは、世界的な協力で立ち向かいましょう。」と呼び掛けた。ドイツ文化相の「芸術活動は、私達にとって不可欠というだけでなく、生命維持装置です。」という発言は欧州のみならず、世界中の人々を勇気づけた。欧州各国は直ちに行動を起こした。コロナ禍のアーティストの生活補償とともに、行動制限下でのオンラインでの活動を後押しした。

カルチャー・ステーションのお二人
(左:サシャ・クルガさん(Mr Saša Krga)/右:ヴェスナ・パスチャノヴィッチさん(Ms Vesna Pašćanović))

今年7月欧州文化首都ゴールウェー(アイルランド)では、例年開催されている映画祭が行われた。これまでは、ややこじんまりとしたスケールであったが、今回は日本映画を含むすべての作品をオンラインで配信した。その結果、視聴者はなんと570万人に上った。連帯が世界中に広がったのである。

コロナ禍で大きな不安と恐怖が広まったが、同時にその事態に抗うように、社会の中にも互いを励まそうと様々な活動が広がったのは世界各国で共通だ。大きなことでなくても「微笑むこと」「優しい言葉をかける」だけでも、周囲の人々を和ませることができる。一方、アーティストに出来ることはなにか? オンラインによる発信に加え「窓辺の音楽会」「ガラス越しの写真プロジェクト」など、これまでになかった様々なアイディアや工夫も凝らされた。
欧州文化首都のプログラムは、欧州委員会による「Creative Europe」の助成金を得ている活動も多い。日本では公的助成金の対象が単年度に限定されているため、今年のように実施が不可能になったプログラムの次年度への繰り越しはない。しかし、欧州の助成は4~5年の期間の活動を対象にしており、不測の事態への対応も可能であり、活動の継続にとって大きな後押しとなっている。欧州文化首都に参加している多くの日本人アーティストもこの恩恵を受けているとも言える。

クルガさんは子どものための人形劇も計画中

さて、ノヴィ・サドが欧州文化首都開催に立候補した際、重要戦略の1つと位置付けたのが「Culture Station」の設置だ。市民の芸術や文化の活動へのアクセスを可能にし、より多くの参加を促すことが狙いだ。これまでもいくつかの施設を訪問したが、そこで活動しているスタッフの当事者意識の高さにはいつも心動かされた。彼らの情熱と行動がこの戦略に生命力を吹き込んでいる。この活動はトップダウンでなく、ボトムアップなのだ。また、この活動には、「コネクティビティ」も重要な要素だ。世界から呼び込んだ異質なもの、より質の高いものが融合することに腐心している。過去にもここで行われた現代音楽の公演を鑑賞したが、目をつぶれば工場跡地利用の施設は視界から消え、極上の演奏のなかに私はいたのだった。

今回、訪問した「カルチャーステーション」は現在建設中で、2人のリーダーに話を伺った。この地域は、ドナウ川の運河が越えて、ノヴィ・サド郊外に位置しており、主にロマなど少数民族の集落に隣接していた。ロマ民族は、西暦1000年頃インド北部から放浪の旅に出て、ヨーロッパへ向かった。ジプシーは差別的な意味合いもあり、移動型民族の総称でもあることから、現在ではこの表現は使われていない。しかし、呼称はともかくとして、ロマの存在はセルビアでも重要な社会問題であることには違いない。ロマ集落の親たちは公立の学校に子供たちを通わせることに否定的だ。集落から出ることは、差別を受けることにも繋がるからだ。昨今、アメリカに端を発した人種問題は顕在化しているが、ロマの問題は長い歴史の中で消えることなく、さりとて、スポットライトが当るわけでもなく、根深く欧州社会に突き付けれられた重要課題でもある。

カルチャー・ステーションの建築現場

私は、彼らにお願いして車でロマ集落に案内してもらった。欧州文化首都のスタッフのサラさんもこれまで一度も入ったことのない貧困地域である。緊張が走った。集落に入ると通りにたむろしているロマの若者たちが私たちに向ける警戒の視線が胸に突き刺さるように感じられた。この施設が完成すると、ロマの子供たちや若者たちのためのダンス、音楽、演劇、美術といった様々な分野のプログラムが展開されることになっている。ロマ集落から、どれだけの若者が活動に参加するようになるのか。いくつかのプログラムには、日本人アーティストも招聘する計画があると聞いた。目の前に立ちはだかる大きな壁に2人のリーダーの挑戦はこれから始まる。計画を話してくれた2人のリーダーの目は輝き、ゆるぎない決心と情熱がこちらにも伝わってきた。これから、この「Culture Station」は挫折を繰り返しても、あきらめることなく、着実に一歩一歩を踏み出してゆくに違いない。その道のりで日本の若者たちが参加できるとすれば、多くの教訓を得られる。そして、その経験は将来の日本の地域活動でもきっと生かされると確信した。グローバルに貢献し、その成果をローカルに生かすことは、世界共通の使命であると改めて教えられた。

※次回は10月8日

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