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[Vol.110] イタリア・マケドニアでの日々を終えて

田代絵麻

俳優

11月から12月半ばまでのイタリア、マケドニア・スコピエでの生活を終えて思うことは、とにかく素晴らしい人々との出会いに恵まれたということである。参加者計17名のうち8割がイタリア人、それに日本人3名、マケドニア人4名のパフォーマーが集まった。イタリアでのワークショップでは、まくし立てるように話すイタリア勢に少したじろいでしまったが、何より感心したのは、彼らの社会全般に対する関心の高さと知識である。芸術に関してだけでなく、政治、経済、ジェンダー、移民問題、セクシュアリティなどの社会問題など、ワークショップで話題になった事柄に対して、ほとんどの参加者が客観的な知識と自分なりの意見を持っていた。政治や社会問題に関心がありながらも、自国の事情を他国の人々に一から説明するだけの具体的なデータや知識を持ち合わせていなかった私は、良い意味でとても「恥ずかしい」思いをした。日本人同士だけでは得られない知的な刺激を受け、私の求めていた場はこれだと、初日から大いに触発された。

ワークショップでは最終的に、各自が「恥」についての短いパフォーマンスを作ることになったが、これも私の新しい扉を開ける経験となった。それまで、俳優としていかに演出家の意図に沿った演技ができるかに重きを置いてきて、ある意味で「受け身」であることが当たり前になっていた。自ら何かを生み出すことは苦手だと思い込んでいた。ところが、他の参加者のパフォーマンスを見ながら、なんとか自分の発表にこぎつけ、まさかの大受けで、多くの人によかったと言われたのである。この体験を経て、新しい自分の可能性を見つけられたと思っている。

マケドニアでの3週間は、ひたすら自意識との戦いだった。イタリアで大いに触発され、前向きな思いで挑んだものの、そんなに容易いものではなかった。マテーラの本番で演出するシルヴィアが加わり、単なるワークショップではなく、選考も兼ねていることが意識させられたからだ。長期間の共同生活で、肉体的、精神的にも、総合的な強さが試されていた。1週目はスペインのダンサー、カルロスによるワークショップ。コンタクトインプロビゼーションを通して「恥」について探った。私は踊りの経験はあったがコンタクトインプロの経験は殆どなかったので、最初の難関だった。カルロスが言っていることを頭では理解できても、身体がついていかない。自分には創造力がない、できないと思い込んでいて、なかなか自分の身体を解き放つことができなかった。本来、人間に備わっているはずの動物的な感覚を失っていることを痛感した。彼のワークを通して、豊かな俳優、創造的なアーティストというのは、頭(理性、論理)と身体の自由さのバランスがとれている人間なのだと改めて気づかされた。そして、日本にいるだけではこの気づきはなかったのではないかとも思った。

2週目は、コソボの脚本家イエトンによる「書く」ためのワークショップが行われた。初日から、与えられた設定について3パターンの文章を20分で書く、という課題が出され、頭が真っ白になったのを覚えている。何をどう書くかの可能性が無限にあった。他の参加者はスラスラと書き始めていて焦った。最後に一人ずつ声に出して読み上げ、互いの書いたものを聞き合う。何事に対しても「正解」を求めてしまう私は、他の人のものは創作的で面白いのに対し、自分の書いたものはつまらないものだと思っていた。しかし、実は何語で書いてもいいということが判明し、加えて誰もジャッジしないということがわかってくると、毎日課題を出されるごとに、このワークには何も「正解」などなく、ひたすら「やってみる」ことで自分を知る、引いては相手の文化を知ることが目的なのだなと思えるようになり、だいぶ楽になった。そしてここでも、思いがけず面白い文章を書いている自分に出会ったのである。大事なのは、「どう」書くかではなく、「何を」書くか。ここでもまた、新しい自分の側面に出会うことができた。

最終週は、演出家シルヴィアと濃密な時間を過ごすことができた。毎日、即興ゲームが行われ、(ときには2時間!)毎回大きな学びを得ることができた。彼女はよく、「これもパフォーマンスの一部だから this is a part of the performance」と言った。ワーク中に何が起きても(例えば部外者が間違ってドアを開けてワークスペースに入ってきても)、それは必然で、全く問題ないと。この考えは私を大きく解放してくれて、自分からアイデアを出したり、人のアイデアに飛び込む勇気を与えてくれた。ある日、いつものように皆でウォームアップをしていたとき、私の自意識が急に強く働き始め、周りと自分を比べすぎて訳が分からなくなってしまったことがあった。シルヴィアは「迷ったら、ただ立ち止まっているだけでもいい」と何度となく言ってくれていたので、素直に「わからない」自分のまま動かず周りを見ていた。彼女が幾度となく口にしていたように、”being present”、自分自身としてただそこに「居る」ことが大切なことだという思いからだった。ワーク終了後、シルヴィアにそのことを話してみると、「あなたのプレゼンスはとても強い。良いニュートラルさがある。」と言ってくれた。他人と比較してしまう癖についても、無理にshut outするのではなく、それを敢えて使ってみることで、そこからまた新しい自分の動きに繋げていけばいいと教えてくれた。彼女のパフォーマンスに対する考え方、取り組み方、そして彼女自身のユーモアや人柄に、なんども励まされ、目が開かれる思いがした。

ここまで振り返って思うことは、それまでも良く耳にしたこと、「自分の可能性を自分で否定しない」ということを、身を以て少し実感し、実践できたということ。「できない」のではなく、練習が足りなかったり、やってこなかっただけだったのかもしれない、と思えるようになった。俳優として、たくさんの自分の新しい側面に出会わせてくれた、この貴重な機会をいただけたことに、心から感謝している。マテーラでの最終パフォーマンスでは、大いに自分を解放しつつ、楽しんで「私」として場にいようと思う。

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