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[Vol.60] KOŠICE 2013 “狂言” 最高の演目『武悪』がヨーロッパの観客の心を掴む

第21回EU・ジャパンフェストプログラム
なごみ狂言会チェコ&大蔵流狂言師茂山宗彦等による狂言公演

ヒーブル・オンジェイ

なごみ狂言会チェコ

今年は、なごみ狂言会チェコにとって、大きな幸運の年となった。文化交流使としてチェコに滞在した大蔵流狂言師 茂山宗彦に、我々は9ヵ月間に渡って師事し、現地の観客の前でプロの狂言師である彼と共演するという、大変貴重な経験を積む機会に恵まれたのである。さらに幸運なことに、EU・ジャパンフェストに声を掛けていただき、今年度のヨーロッパ文化首都コシツェにおいて、チェコチームは日本人のプロ狂言師と共に、狂言を2回上演することができた。
ここでは、その1回目の公演について詳しくご報告したい。

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コシツェでは、宗彦師とそのご家族、茂山七五三、逸平の各師三人で最高の狂言演目の一つ、『武悪』が上演された。
『武悪』という演目は、狂言のレパートリーの中でも非常に独特な狂言である。通常、狂言の上演時間は20分間ほどだが、この狂言は2倍以上の時間を要し、また狂言=喜劇であるはずなのに、前半は、全く笑いがない。
「笑えない狂言」、つまり話の内容が深すぎて観客がほとんど笑えないことで、却って狂言の奥行きを伝える『武悪』だが、これは典型的な狂言というより、謡曲やシェイクスピアの悲劇に近いだろう。

粗筋を紹介すると、物語は武悪という召使が勤めに出てこないことに怒り狂った主が、もうひとりの召使である太郎冠者を呼び出し、武悪を討ってこいと命じるところから始まる。武悪と気心が知れた仲である太郎冠者はそれを拒否するが、”討たねばお前も手打ちにする”と言われてやむなく、主家伝来の刀をもって討ちに行く。武悪は剣の心得があるため、正面から斬り合えば仕損ねると考え、太郎冠者は武悪を騙して川魚を献上させることにし、武悪がそれを捕っているところを後ろから蹴って川にはめ、斬り殺そうとする。武悪は最初おどろき、騙されて殺されることに怒るが、最後は観念して首を差し伸べる。しかし、太郎冠者はどうしても旧知の仲である武悪を斬ることができず、泣きながら、おまえを斬ったことにするから、どこか他所の国へ行け、と逃がす。帰った太郎冠者が主に「討ちました」と伝えると主はよろこび、気分が良いので遊山に出ようと東山へ向かう。
一方武悪は、他所の国に行ったら二度と参詣できないから、と、最後のおいとま乞いに東山参詣に来ていたところを、ばったり主に出遭ってしまう。「武悪が出た」と大騒ぎする主に太郎冠者は、「間違いなく部悪を討ったので、見たのは武悪の幽霊かもしれない」と言いくるめ、武悪が隠れているところにこっそりと行き、見つかったから幽霊のふりをして出て来い、と言い含める。

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「幽霊」と聞いて急に怖じ気づいた主は、及び腰で帰路に着くが、再び目の前に武悪の「幽霊」が現れる。主が恐ろしがる中、武悪が冥土の土産話に大殿様(主の父親)の話をすると、主は懐かしがって号泣する。そして、大殿様に言われて主の太刀を借り受けに来たと、いう武悪に、主は喜んで太刀・扇を渡す。調子に乗った武悪はさらに、冥土に主を連れてこいとも仰せつかっている、と述べ、いやがって逃げる主を追い込んで全員退場する。

狂言は、一般的には喜劇である。しかし大曲中の大曲とされる『武悪』、並びに『釣狐』『花子』は、単なる喜劇ではない。これらの演目は、人間の心のもっとも深い部分に触れてくる心理劇でもある。

例えば武悪の場合、「幽霊」になった武悪に主人は、人類の誰もが悩み、また誰にも答えられない質問をする。「武悪よ、地獄と極楽は本当にあるのか」。
仏教、イスラム教、キリスト教、いずれの宗教においても、ただ一つ確実に言えること、それは、「生まれたものはすべて、いずれその日が来たら死ぬ」。一方、「死んでからどうなる」か、私たちの誰にも分からない。この深遠なテーマを、非常に簡潔に「喜劇」として描写する演目『武悪』こそ、狂言の本質ではないだろうか。
狂言を喜劇としてとらえることは楽しく、心地よい。しかしどの演目にしても、我々人間の弱みや狡さ、間抜けさ、人間らしさを、いかに綺麗に描写しているかと考えると、さらに興味は尽きない。

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チェコで我々が上演してきた「滑稽な狂言」は観客にも好評で、ぼちぼち「太郎冠者」は人気者になっている。しかし、狂言とはそれだけではないぞ、ということを伝えるためにも、一度、『武悪』を最高の配役でチェコの観客に見てもらいたいと願っていた。そして今回、茂山七五三師のご尊父である人間国宝 茂山千作師の体調が気掛かりな状況にありながら(5月にご逝去)、茂山七五三家の一家に揃って、考えられる最高の配役でコシツェの国立劇場で『武悪』を上演していただいた。舞台に座る武悪が、討とうとする太郎冠者に「好きな方から討て」と声を掛ける場面が、しかも、兄弟の狂言役者によって演じられるのである。国籍を問わず、鳥肌が立たないものがいるだろうか。舞台で繰り広げられるすばらしいハーモニーに、私自身も夢中になって字幕を出し続けた。ヨーロッパの劇場ではなかなかみられない、舞台と客席が本当に一つとなる瞬間であった。
この場面から後に続くのは、”狂言風”の滑稽な『武悪』で、喜劇の結末へと繋がっていくのだが、最後まで客席は「笑い」ならぬ「和らい」に満ちており、役者が退場すると同時に、静まった空間に拍手が爆発し、観客の皆が立ち上がった。

 3月3日、コシツェの国立劇場で、私の夢の一つが叶った。

 

◎欧州文化首都コシツェ2013:
「なごみ狂言会チェコ&大蔵流狂言師茂山宗彦等による狂言公演」プログラムページは こちら

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