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[Vol.34] DAZZLE 舞台作品とシビウ国際演劇祭

2011年シビウ演劇祭(ルーマニア)で、大勢の観客に感動を与え、大絶賛を浴びたダンスカンパニーDAZZLE。演出家・舞踊家を務める長谷川達也氏によるレポートです。

長谷川達也

ダンスカンパニーDAZZLE・演出家・舞踊家

欧州で公演を行なうということに特別な想いがある。
それは我々DAZZLE が日本で活動を続ける中、多くの人から「DAZZLE はヨーロッパで評価されるだろう」と言われ続けてきたからだ。何を根拠にそう言っているのか、それはそれぞれがヨーロッパの文化になんらかの形で触れ、そこで得た感覚と、我々DAZZLE に触れた感覚に共通のものを感じたからなのか、DAZZLE の表現がまったく異なるからなのか、それはただ「そんな気がする」という他人の推測でしかなかったが、実際はどうなのだろうかと、ずっと思いを馳せていた。

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「Re:d」公演より(東京)

シビウ国際演劇祭に参加する1ヶ月前、我々DAZZLE は第5回目となる公演「Re:d」を開催していた。
DAZZLE という団体が独特であると評価される所以は、そのダンススタイルに限ったことではない。オリジナルの物語に、オリジナルの楽曲、シーンに合わせたテキスト、映像の表示、道具を使用した舞台構成、空間デザイン、そしてダンスと、それら舞台を構築する上で存在する様々な要素を、どう作り、どう融合させるか、その選択の仕方によるところが大きい。
特に「Re:d」の見所となるのは、緻密に計算された舞台構成と、道具を用いたダンスシーン。ダンサーが道具を動かす、アイテムで踊る、というのはおそらく世界中にあるが、DAZZLE が他と一線を画しているのは、その精度と構成力である。今回の公演でも、大布を使ったシーンや、ボックス、棒などのアイテムを駆使し、DAZZLE ならではの展開をみせることができた。

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「Re:d」公演より(東京)

作品中、ダンサーは言葉を発しない。しかしながら物語を示すのは、もう一つの特徴でもあるテキストの表示である。サウンドノベル形式で展開される物語は日本を象徴する文化の一つであるゲーム的感覚にも近く、この選択が言葉を主役にしない、あくまでダンスを特化させるための方法でもある。

記憶を無くした男が、自分の過去を示す“赤い”メッセージを探しながら次第に記憶を取り戻していく…物語は残酷だが愛に満ちた絆を表現している。
シナリオは決して高度なものではない。しかしながら、舞台でそれを表現するにあたって、様々なビジュアル要素、演出と音楽、ダンスによって、それは至上のエンターテイメントに昇華させることができる。中でも公演中、各所に登場する赤いアイテムは、主人公の記憶と真実を示す重要なもので、そんな赤を、観た者の印象として強烈に存在させた。

公演は終盤、客席の所々からすすり泣く声が聞こえた。ダンスの舞台で、涙するのはあまり多くあることではない。それはDAZZLE が持つ様々な要素に配慮した結果であり、観客他多方面から多大なる評価を受けることができた。また、第5回目となる作品は、経験と挑戦を合わせたDAZZLE の新たな代表作となる出来映えであったと自身も感じている。

ダンスを知るものにしかわからない舞台ではなく、ダンスを知らないものにも理解できる表現を探し、我々はあくまでもダンスを中心に、あらゆる要素を演出に込めた。それが、ダンスの世界ではない、演劇の世界で評価を受けることになったのは嬉しい誤算であった。

演劇界に知識が乏しい私にとって、シビウ国際演劇祭とはまったくもって未知の領域。しかし、それがいかに名誉なことであるかはすぐに知ることになった。世界三大演劇祭の一つと数えられるこの演劇祭は、世界中から参加を望む声が後を絶たず、世界に数ある演劇祭の中で「最も面白い」との評価もあるほど。そんな中で、我々DAZZLE に気付いてくれたことがとにかく嬉しかった。コンテンポラリーダンスの招聘はあっても、ストリートダンスから派生した団体としては、日本で我々が初であろう。

「花ト囮∼Misty Mansion∼」公演より(ルーマニア・シビウ)

シビウ国際演劇祭にて演じることとなった「花ト囮∼Misty Mansion∼」という作品は、DAZZLE 第3作目の作品だ。それは可動式の障子を様々に展開する舞台構成になっており、それがわずか5㎝でもずれようものなら、それら道具は激しく衝突し、同時に作品が崩壊する危険があった。それゆえに仕込みはシビアで、床の状態から照明の配置に至るまで非常に緻密である。限られた少ない時間の中で最良の選択をする判断力、柔軟性、瞬発力が問われる。我らスタッフと現地スタッフ、仕込みを介して文化や習慣の違いをぶつけ合った瞬間であった。

チケットは完売。遥か遠い島国の団体が、満席で公演を迎えられるとは夢にも思わなかった。あとは作品が伝われば…と思っていたのだが、結果は予想を上回るものだった。
作品が終わる前からなり響く拍手と歓声。今までに味わったことのない空気の振動に私の心も震えた。満員の客席で人々は次々と立ち上がっていき、遂にそれは全員に至った。目の前に広がる光景が信じられない。そのスタンディングオベーションは演者に媚びたものではない、その地でまったく無名の団体に送られた純粋な思いで、信頼するに足るものであった。

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「花ト囮∼Misty Mansion∼」公演より(ルーマニア・シビウ)

演劇祭を通じて、文化が、人が繋がろうとしている、そんな印象を受けた。期間中、街には様々な文化や価値観が、人、そして作品を介して混在する。そこで人々は積極的に異文化を楽しみ、交流していた。見ず知らずのアジア人たちがシビウの街を移動しているのは、あまり馴染みのない光景であったに違いないが、そんな私たちに近づいてきては「昨日の舞台見たよ!ファンタスティック!」と声をかけてくれる人、写真を求める人が嬉しくて、日本にいては決して味わうことのできない、心が開いていく感覚を覚えた。

残念ながらシビウでの滞在時間はわずか3日であったため、演劇祭に参加する他の演目のほとんどを拝見することが叶わなかったが、そんな中、唯一観劇できた作品「FAUST」に目から鱗が落ちる思いだった。世界にはこんな表現がある。それを直に観て感じることができた私は、少なからず心が豊かになったと感じている。世界三大演劇祭にも関わらず、日本でその存在を知る者はあまり多くないのではないだろうか。私が今回のシビウで感じることができたかけがえのないもの、世界に存在するまだ見ぬ何かを、より多くの人が感じることができたらと願う。

DAZZLE のシビウ公演は大成功であった。「ヨーロッパで評価を受けるだろう」という推測は、今のところ間違ってはいなかったようだ。

◎第19回EU・ジャパンフェスト:「DAZZLE」プログラムページはコチラ

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