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欧州文化首都における日本関連プログラムを支援しています

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[Vol.29] 事務局からの報告 「第16回EU・ジャパンフェストを終えて」

「第16回EU・ジャパンフェスト」(2008年1月~2009年3月)を終了し、事務局長・古木修治が活動の総括として文章を寄せました。

古木 修治

事務局長

はじめに

2009年、東京。春爛漫。桜吹雪の舞うなか、私は、この上ない美しさに酔いしれ立ち尽くしていました。何故これ程までに心動かされるのか。今まで何十 回となく見てきた桜ではないか。しかし、周囲の会話の中からも私と同様に、今年の桜に特別の想いを寄せる人たちが多くいることを知り、心密かに安堵しまし た。
昨年秋の米国に端を発したグローバル恐慌の前に、私たちは平常心を失っていたのかもしれません。「未曾有」「百年に一度」という枕詞を伴って、連日、不 況のニュースが続いてきた半年でもありました。株価の急激な下落に、株を保有していない人たちまでも気落ちし、「派遣切り」という言葉であたかも日本国全 体に失業者が溢れていくかのようにメディアは書き立て、暗い日々が続いてきました。

それでも春は、桜とともにやってきました。満開の桜には、人間を圧倒するような大自然の絶対美があります。その息を飲むような美しさに心から喜びが溢れ、そして、久しぶりに人々の満面の笑顔が広がっていました。

「悲観は気分の問題。楽観は意志の問題」と言われますが、まさに至言です。グローバル化が進む現代、多くの課題を解決させるには、国家単位の対応では限 界があります。地球全体が意識を共有し、共通の課題として向き合うことが求められています。前世紀の恐慌では各国のエゴから、保護主義、ナショナリズムの 台頭、そして世界大戦へと突き進みました。しかし、私たちは今、歴史から得た教訓や、その後人類が獲得したすぐれた技術や英知を手にしています。それだけ に、私たちはいたずらに悲観論に浸ることは許されません。この逆境にあって、意志と勇気を持つことが求められていると思います。それは、政治や経済のリー ダーに限りません。市民一人一人の課題でもあるのです。企業には CSR(企業の社会的責任)が厳しく求められていますが、市民もまた CSR(市民の社会的責任)を自覚し、屹立する志と勇気を持つことは未来への道を拓くことにつながると思います。

景気回復は万人の願いであることに間違いありません。しかしながら、日本では 1990年代のバブル崩壊から、10年ほどで立ち直りを見せた経済を横目に、「教育の崩壊」「自殺やいじめの増加」といった社会問題が同時に浮上しまし た。いったい「何のための景気回復か」、そして「幸せとは何か」。その問いに改めて向き合うことが求められているのではないでしょうか。同じ道をたどって はなりません。今回の恐慌は、歴史が与えた試練でもあります。「人間が人間らしく生きること」を考える時間と機会となり、後世から見れば、2008年度は 大きな転換点と位置付けられることと私は確信しています。
ここで、草の根の活動の現場から、第16回目となる「EU・ジャパンフェスト」を振り返りながら、事務局としての報告を行いたいと思います。

 

世界同時不況に「楽しく乗り越えよう」と呼びかけるサーニャさん

アイルランドのコーク市にサーニャ・キョウ(Sonya Keogh)さんというメゾソプラノ歌手がいます。彼女は、地元の子供たちで構成するコーク児童合唱団の指導にあたっています。その活動の原点には、貧富 の差、肌の色の違いなど、様々な違いをのり越えて、地域の子供同士が歌うことを通して、心と心をつないでいこうとの願いがあります。
2005年、欧州文化首都となったコーク市で開催された「国際青少年音楽祭」に日本の青少年音楽団体が参加したことが契機となり、以来、彼らと日本の各 地域との共同の取り組みは、今も継続しています。2008年秋には、サーニャさんの橋渡しによって、欧州文化首都リバプールで、日本・英国・アイルランド の青少年による「国際青少年音楽祭」も開催されました。

 

先日のことです。私は、今後の活動について相談しようとサーニャさんに国際電話をかけました。コーク児童合唱団は、政府の支援があるとはいえ、それも少 額に過ぎず、基本的には自立した運営を行ってきました。この不況の中、どうしているだろうと心配する私に対し、電話口の向こうからは、いつにも増して張り のある声が返ってきました。

 

「不況?そうね。でも世界中どこでも同じでしょ。私たちはピアノさえあれば、いつでも元気に歌えます。」そして、彼女は意外なことも口にしました。 「今、とっても不況を楽しんでいるの。」その言葉に不意を突かれた私にかまわず彼女は話し続けます。「外出する時、今までは人に頼んでいたベビーシッター を、近隣の住民同士で交替に受け持つようになったの。お陰で、お互いの悩みを相談し励まし合うことも多くなったの。それから、パーティがあると今までは町 で一番高いお菓子屋さんのケーキを買っていたけど、今は庭になっているリンゴでパイを焼いて持っていくの。高価なお菓子には、興味を示さなかった友人も手 作りケーキには、心から喜んでくれ、レシピなどの話題に花が咲くようになったの。この頃、本当に楽しいわ。」と語るサーニャさんには、厳しい現実に勇気を もって立ち向かう意気込みが感じられ、私は、大切なことを忘れかけている自分に気付かされる思いでした。サーニャさんのエネルギーは、周囲の悲観論を吹き 飛ばしてくれるようにさえ感じられました。

 

15,000人が詠んだ HAIKU (俳句)

2009年1月末、私は打ち合わせのため、バルト 3国のひとつ、リトアニアの首都ヴィリニュスに向かいました。空港に降り立った私は、そこに漂う異様に閑散とした空気を感じ、「何か重大な事態でも?」と 空港職員に尋ねました。「昨日、リトアニア航空が倒産したため、多くのフライトが運航停止となっています。」と肩を落としながら答えを返してきました。グ ローバル恐慌は、リトアニアにも例外なく襲っていたのです。市内へと向かう車中、本年予定されている日本との様々な共同プログラムの行く末を案じざるを得 ませんでした。日本で想像していた以上に、その打撃は深刻ではないかという危惧が私の脳裏をよぎりました。
市内に入っても、昼間からシャッターが閉じられている商店も少なからず目にはいりました。しかし、待ち受けていた地元の受け入れ団体やアーティストに会 うなり、私の心配は杞憂にすぎないと気付かされました。「確かに多くの消費は落ち込んでいますが、コンサートや芝居のチケットの売り上げはむしろ増えてい るのですよ。こんな不況でも、かつての悲惨なソビエト時代と比べれば、今は自由で天国なのですよ。」とアーティストの一人が語ってくれました。一方、日本 の詩人との草の根の交流が数年前から始まり、今ではこの国に「俳句」も浸透してきたようです。昨年末、市民に「俳句」の投稿を呼び掛けたところ、約 15,000人からの応募がありました。「これが、特選句集です。」と出来上がったばかりの真新しい本をかざした老詩人の表情はとても誇らしげでした。多 くの市民が「俳句」に挑戦する意欲と余裕は、どこから生まれるのでしょうか。「生きる喜び」は、「物質的な充足」だけでは獲得できないと、改めて知らされ たのでした。

 

「アートによる地域活性化」、当事者は誰なのか

この10年来、当委員会が支援し、取り組んできた活動の一つに、写真プロジェクト「日本に向けられたヨーロッパ人の眼/ジャパントゥデイ」があります。 全国47都道府県のありのままの姿を、ヨーロッパ人の異なる視点でとらえようとする試みです。地元の人々にとって、ヨーロッパ人写真家との出会いは、「見 過ごしてきたもの」を発見し、「見えているのに見てこなかった現実」に向き合う機会ともなるようです。地を這うようにして撮られた作品からは、テレビの旅 番組や新聞などでは、紹介されることのない人間模様や原風景が浮かび上がってきます。

 

この活動を続けるうちに、全国各地で「アートによる地域活性化」をスローガンに展開されている取り組みにしばしば遭遇するようになりました。何度も地元 に足を踏み入れると、やがて、先入観や事前資料からは想像もしなかった立体的な等身大の現実に向き合うことになります。かつては、盛んにメディアに取り上 げられていた「村おこし」、「町おこし」の活動と実質的には同根なのでしょうが、この新たな「アートによる活性化」には、「夢」を感じさせる心地よい「響 き」があるのも確かです。

 

この「夢」を実現したとされる実例がフランス西部にあります。かつて地場産業衰退で財政破綻の寸前まで追い込まれた街、ナント市です。厳しい状況下で、 長期の構想を掲げ、市を挙げて懸命に努力を重ね、「アートによる再生」を果たしたことでも知られています。現在では、フランス国内で「最も住んでみたい 町」の第1位にランクされるまで復活を遂げました。長年にわたり、この再生に取り組んできたナント市文化局長のボナンさんは、この活動を「闘い」とまで熱 く表現しています。

しかし、見逃してならないのは、この再生の当事者は役所だけでなく市民の有志であり、地元NPOであったことです。彼らの熱い思いは、外部のアーティス トやプロモーターそして、政府の力を動員することにつながり、やがて、大きなうねりのような活動が生まれていきました。ナント市の事例から学ぶことがある とすれば、ただ一つ、その地域に住む人々が中央政府や外部からの働きかけに引きずられるように対応したのではなく、他力本願でもなく、自発性を伴って、自 らの意志で行動を起こしたことに他なりません。

 

「経済波及効果」という怪物

昨今、大規模な国際イベントは、アートに限らずスポーツや国際会議でも多額な資金投入を伴うようになってきました。例えば、オリンピック。その憲章に は、現在でも「オリンピック精神は人生哲学そのものである。競技は、個人もしくは団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない。」と規定されて いますが、はるか昔の考えのようにも感じられます。もっぱら3兆円を上るとされる経済波及効果が、オリンピック開催にあたっての話題の中心になっているの が、今日のあり様です。
同様に8年に一度日本で開催される「G8サミット」を巡っても、各自治体は、激しい招致合戦を毎回繰り広げています。そんな中、昨年の開催地となった北 海道の洞爺湖町が「第二の夕張」との見出しで、財政破綻寸前であることが報道されていました。「世界へ文化発信」との掛け声で多額な投資を行ったものの、 サミット前は、厳しいテロ対策で観光客が呼び込めず、開催後は報道されることもなくなり、閑古鳥が鳴いているそうです。さらに、以前から計画していたサ ミット記念館も 2009年4月には開館する予定で、赤字は膨れ上がるばかりとされています。一時的なメディアでの露出や国家首脳など VIPの参加は、イベントを大いに盛りたてますが、終了後は、不必要な施設(ハコモノ)や、膨大な赤字が残ることとなります。世界中で次から次へとビッグ イベントが目白押しの中、世間の注目は潮が引くように消えて行くことだけは確かです。

そもそも、「オリンピックや G8サミットの開催の目的は何か?」という原点に目を背けて私たちが浮かれていたとすれば、その代償は実に大きいのです。そして、そのつけは、確実に地域 住民に回されることとなります。同様に毎年、次から次へと政府レベルで企画されていく「国際交流イベントや周年事業」が一過性なもので、長期的視点に立っ ていないとすれば、これらの議論はここにも向けられてしかるべきではないでしょうか。

 

誰が「芸術文化」を支えて行くべきなのか

昨年後半、世界を襲ったグローバル恐慌で想起されたのは、前世紀の世界恐慌に向き合った米国政府のニューディール政策でした。大規模な雇用政策に続い て、政府は第2次の政策として壮大なスケールの芸術文化政策に着手。多くのアーティスト達が雇用され、彼らは、演劇、音楽、美術、文学、写真の分野で活動 を展開した結果、素晴らしい作品を残し、社会に潤いと活力を与えた史実はあまり知られていません。緊急の課題としての雇用創出に続いて、「生きる力」はど こから湧いてくるのかという根源的な課題に向き合った政策でもありました。

そして、70年余りが経過し、現代アメリカの芸術文化活動は、政府でも企業メセナでもなく、その85%までが市民社会によって支えられています。世界有 数の大学、美術館、劇場の多くも個人の支援により運営されている姿に、アメリカの重層的文化の底力を見出すことができます。

一方、戦後、日本の政府や自治体は、長年にわたり膨大な芸術文化予算をつぎ込んできました。とりわけ、夥しい数の公共文化ホール建設のための経費は、累 計9兆円におよぶとも言われています。公的助成金の硬直的なシステムや専門家を養成してこなかった公的機関が、我が国の芸術振興に果たした役割は、極めて 脆弱であったことは否定できません。現下の国家財政の危機という事情もさることながら、この国の芸術文化の未来を考えるとき、引き続き、政府や公的機関に 依存し、芸術振興の担い手役を託していくことが賢明な判断ではないことは、私たち国民はすでに学習済みであると思います。アメリカの例をみるまでもなく、 私たちには、当事者となって芸術文化を盛りたてるだけの潜在能力は十分にあると確信しています。市民セクターがさらなる自立を目指し、地球全体を舞台と考 えて、活動の幅を広げていくことが今こそ、求められています。

 

終りに

当委員会は、設立以来、日欧各国において、アーティストや市民の自立を目指す活動への支援を一貫して続けてまいりました。1993年の「第1回 EC・ジャパンフェスト」では 20に過ぎなかった支援プログラム数も、16年を経過した現在、「第16回 EU・ジャパンフェスト」では 600を超えるまでに至りました。この活動が継続できたのも、民間企業の長期的な視点に立った支援があったからこそと言えましょう。すぐれた企業活動に共 通していることは、強固な意志に加えて、創造、工夫、そして絶え間ない努力が存在しているということです。その姿勢は、すぐに成果が見えることのない芸術 文化活動の現場でも、ますます厳しく求められていることは、言うまでもありません。また、現下のグローバル恐慌は、予期せぬ惨禍でありましたが、それで も、国境を越えた絆が多く存在していることを再確認できたことは、未来に向けての希望の光となりました。

 

国家間、民族間、文明間に存在する目に見えない壁は、武力や経済力だけで取り除くことも、乗り越えることも不可能であることは、今なお、繰り返されている 国際紛争の展開からも明らかです。日本を取り巻くアジアの情勢も、緊迫感を増しています。それだけに先の大戦で同じく惨禍にあった欧州各国が、幾多の困難 と挫折を乗り越え、加盟27ヶ国という壮大な平和ゾーンを構築した歴史的な取り組みに、私たちが、改めて目を向けることが求められています。

 

芸術には、国境も国籍も存在せず、勝者も敗者も存在しません。芸術が、表面的なものでなく、人々の魂に訴えかけるものであるとすれば、何かをなし得ること ができます。この報告書に掲載されている多くの活動事例は、芸術の力、そして市民の力が、たとえ、非力や微力であっても決して無力ではないことを示してい ると確信しています。

 

 


「世界平和は、それを脅かす危険に見合った創造的努力がなければ、守ることができない」
1950年5月10日、欧州統合に向け、時のフランス外相、ロベール・シューマンによる
「シューマン宣言」がフランス国民議会で読み上げられた。


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