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[Vol.23] 天使との再会/ことばを越えて

2008年6月~7月にかけて来日し、日本国内各地で声楽ワークショップを開催したアイルランドのメゾソプラノ歌手サーニャ・キョウ氏。
彼女の和歌山市の小学校でのワークショップを企画したNPO和歌山芸術文化支援協会(wacss)の理事長、井上節子氏によるレポートです

井上 節子

和歌山芸術文化支援協会 (wacss) 理事長

ホームに列車が、ゆるやかに弧を描きながら向かってくる。恋しい人を待ちこがれる気分。何両目かは聞いていなかったが、こ の場所だと感じた所に滑る様に、列車は止まった。車窓越しにスローモーションの様にゆっくり、アイルランドのメゾソプラノ歌手サーニャ・キョウファミリー が見える。待ちきれず到着した列車に乗り込んだ。3年ぶりの再会。いた、いた、ドキドキしながら「オスカー?」と聞くと肩をすぼめながら頷く。母、サー ニャさんの胸で透ける様な白い肌、ガラスの様な青い瞳、愛くるしい笑顔を振りまいていたあの天使は3歳になっていた。すっかり男の子になっているではない か。
関西空港で出会い、鹿児島へ。鹿児島港から荒れる波を乗り越え三島に向かったのが丁度3年前の今頃だった。あの、母の胸に抱かれていた天使がいっちょまえの男の子になっている。時の流れを感じないではいられない。
三島村の方たちとの交流会の席で、むずかるオスカーを抱きながら「アベマリア」を歌った母、サーニャ・キョウさんの姿は衝撃的に美しかった。
ものの数分で、オスカーはすべてを母に委ね深い眠りに落ちて行き、私たちは緩やかに優しい幸せな時間へと落ちて行った。
彼女の「人を幸せにする笑顔と歌声」あの時の光景が蘇った。
今回は、彼女の母親とオスカーを含め何と1歳から13歳まで、天使たちが5人も舞い降りた。「アメージング」

5月中旬「鹿児島での第5回国際青少年音楽祭コンサートの為にサーニャさんが来日する。しかも鹿児島に行くまでに数日フリーな時間がとれる」と、EUジャパンフエスト日本委員会事務局から連絡をもらった。
「これは、チャンス。本物の凄さを子どもたちに体験してほしい、こんな機会を逃すなんて大きな損失だ。子どもたちにあのすばらしい歌声を。そして歌う楽しさを」
早速、和歌山市立新南小学校PTAの役員をしているwacssメンバーに校長先生を紹介してもらいアタック。急な話だったにも関わらず、「今年の6年生は声が小さく、おとなしい。大きな声を出す機会になればうれしい」と校長先生が快諾してくれた。
「本当にこんな著名な方が来てくれるんですか?うれしいなあ」と教頭先生も非常に喜んでくれた。が、問題がひとつあった。恥ずかしい話だが、何とか片言で 話せるものの、ワークショップの通訳が出来ない。しかも今回、鹿児島までサーニャさんたち家族だけで行動、通訳の方は同行しないとの事。さあ大変だ、困っ た。国際交流協会に、ワークショップの通訳ボランティアを依頼、「後は何とかなるさ」と副理事の富松と覚悟を決めた。不安より楽しみの方が膨らんだ。いつ もそうだが、楽しいと想い描き、事を進める、そうすると全てうまく廻りだす。信じて動くと、開けてくるのだ。とは言え、いつもスタッフを心配させているの だとは思うのだが。

乏しい語学力での出迎えに緊張していたが、天使たちの愛くるしい笑顔に助けられホテルに向かう車中は、とてもいい雰囲気。私たちの緊張も一気に緩んだ。
夕方から明日のワークショップの打ち合わせも兼ね、サーニャ・ファミリー、wacssスタッフ、通訳ボランティアの西尾さんでの歓迎交流会を開催。
湿気と暑さ、旅の疲れの大人を尻目に天使たちは元気だ。それぞれの自己表現・個性は見ていて飽きない。とは言え「毎日がこれなのよ」とサーニャさんが肩をすぼめて優しく苦笑い。
1歳のハミルトンを胸に抱く姿は、3年前のオスカーとだぶる。あの夜感じた想いを片言で伝えると、天使を抱きながら「アイルランドの子守唄」を歌いだした。その場にいた全員が「うっとり」その素晴しさに感動。
ママの歌声に子どもたちも聞き入っている。お手伝いしてくれる通訳の西尾さんにも小学校5年生と2年生の二人の子どもがいる。これほど贅沢な子守唄がある だろうかと感激していた。今夜はその息子たちも折り紙、スーパーボールなどを持って一緒に参加してくれた。子ども同士、ことばを超えすぐ一緒に遊びだし た。
実は、通訳ボランティアの西尾さん、今回が初めての通訳体験との事でかなり緊張していたが、サーニャさんのこの歌声、人柄にすっかり魅了されリラックスした表情。明日への確かな手応えは始まっていた。

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翌日の打ち合わせをする井上節子氏(右)とサーニャ・キョウ氏(中)、通訳の西尾氏(左)。

心配されていたお天気も天使たちの全快パワーで吹き飛んだ。天使とおばあちゃんは初めての日本の学校体験だ。
先生方のお出迎えに天使たちは、はにかみながら用意された控え室に。休み時間に小学生たちが、好奇心一杯で控え室を覗く、いつしかこれまたことばを超えた コミュニケーションが始まる。3時限目のチャイムが流れ、蜘蛛の子を散らす様に子どもたちは教室へ、私たちは6年生2クラス55名が待つワークショップ会 場の体育館へ。きちんと整列している子どもたち、緊張からか固い雰囲気。しかしサーニャさんの幸せな笑顔が子どもたちの緊張を解し、自己紹介を兼ね、優し く包み込む彼女の歌声は、周りの空気を柔らかくし、子どもたちの心を掴んで行く。続いて子どもたちが音楽の先生のピアノで「おぼろ月夜」を歌う。「奇麗な 声です。もっとうまく歌えるための体操をしましょう。広がって」「ブルブルと膝を揺らせて、手もブラブラ」「大きな輪になって。さあもう一度歌って」と、 体を動かせながらどんどん子どもたちを自由にしていく。

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「手をブラブラさせて!」発声のためのエクササイズ

「うんと小さな声で」「鳥の様に」「お相撲さんになって」「耳をふさいで」など子どもたちを夢中にさせ、音の輪に引き込ん で行く。最初の固かった表情は消え、みんな笑顔だ。良い顔してる。「それぞれみんな自分の声を持ってます。隣の人の声と違う。違っていていいのです。それ が集まってすばらしい音楽になるのです」「考えてみて、この歌の詩を、アイルランドから来たこの私に教えてください。伝えたい、聞いてほしいと願って」彼 女は、子どもたちの心に語りかけ、心に届いたことばを噛み締め子どもたちは歌を繰り返す。
最後に最初整列していた状態で歌う。「菜の花畑に、入り日薄れ」広い体育館にきらめくハーモニーが響く。美しい日本の情景、色さえも感じられる。何より歌っている子どもたちの表情がキラキラ美しい。

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ワークショップを終えて。参加した児童たちと。

「初めての体験でドキドキでしたが、とても楽しかった。今日体験出来た子どもたちは幸せだな。次回は息子たちの学校にも是非」と通訳ボランティアの西尾さん。この楽しい体験が必ず次に繋がっていくのだ。
アーティストは、人が本来持つ自己表現を引き出す優れた力を持っている。その事を今回のワークショップであらためて強く感じた。
短い滞在だったが、ことばを超えて心を掴んだサーニャさんと天使たちとの再会を熱く願いながら。鹿児島へ旅立つ天使たちを関空まで送った。
振り返り何度も小さな手を振ってくれる天使たちに、梅雨の晴れ間から日差しが降り注ぐ。

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新南小学校にて。サーニャ・キョウさんの5人の天使たち(前列)。

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