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[Vol.20] おじいちゃんと見た風景

2007年2月2日~25日に開催した佐賀県立美術館での写真展「日本に向けられたヨーロッパ人の眼vol.8」の関連事業として、佐賀新聞社との共催で開催したエッセー・作文コンテスト。写真展会場の作品を見て感じたことを文章に表現していただき、9歳から80歳まで191編の応募がありました。その中から、最優秀賞を受賞した2名の方の作品をご紹介します。

谷口 奎文さん

唐津市 加唐中学校 2年生 ※肩書きは当時

写真展をまわった後、僕は急に涙があふれ、止まらなかった。あまりにもその景色の写真が、おじいちゃんがまだ元気だった頃に、一緒に歩いた街の風景と似ていたからだ。それはとてもおだやかで、なつかしくて、綺麗で、美しくて、思い出の一杯詰まった― そんな風景だった。

僕のおじいちゃんは、景色を見るのがとても好きだった。よく僕の手をひいて、あちこちに連れて行ってくれた。

おじいちゃんのにおいは漆のにおいだった。仏師で、よく、仏像や位牌等も彫っていた。僕も幼い頃、おじいちゃんの仕事の都合で、神社に連れて行ってもらい、不動明王の手のひらで遊んでいたのを覚えている。

散歩の途中、おじいちゃんは僕にこう言った。

「奎文、花や山や海も綺麗か、ばってん、こがん景色が“本当に”綺麗かとばい。」

そう言って、街の、生活のにおいが漂っているような所に連れていってくれた。そこで見たのは、沢山ある。路地裏の猫や、家の裏の壁、公園のブランコ、ベンチ・・・あまりにも普通のものだった。

「おじいちゃん、どうしてこがんとば、綺麗って言うと?」

僕はこう言った。するとおじいちゃんは、微笑みながらこう言った。

「・・・おまえは野仏と大仏様、どっちがすごかって思うや?」

僕は迷わずこう答えた。

「大仏様!」

「なら、今のお前にはまだ話さん。」

そう言って、答えを聞かずにその話は終わってしまった。

それから6年経った。僕は13歳。おじいちゃんがガンで亡くなる1ヶ月前。僕はおじいちゃんにたずねた。

「ねぇ、おじいちゃんはどうして、普通の景色ば綺麗って言うと?」

するとおじいちゃんは、もうそろそろ話してもよかな、という顔をして、僕に言った。

「・・・金閣字や銀閣寺は、皆立派かって言うやろーが。確かに立派か。文化の伝承に大いに役立っとる。しかしな・・・。」

おじいちゃんの顔が、少し優しくなった。

「路地裏や、家の裏とかの、そういう当たり前のものが、生活の伝承に大いに役立っとー。自分を目立たせんで、尽くしてくれよっけん、“綺麗”って思うったい。」

僕はなんだか、とてもあたたかい気持ちになった。そして、そういう美しさを、感じることのできる“目”を持つことができた。その僕の成長を見届けるように、病気と闘って、そして最後は安らかに息をひきとった。

僕にはまだ、おじいちゃんの言わんとしていたことが、100%理解できているとは思えない。今でも野仏より大仏様の方が位が上だと思ってしまうし、花や山や海の方が好きだ。しかし、この展覧会を通して、僕が確実に理解できたと思うものを2つ見つけた。

1つ目は、自分はやはりそういう何げない景色が好きだという事。2つ目は、そういう景色を持つこの県が好きだ という事。おじいちゃん、まだ僕、深い所までは分からないけれど、時間をかけて探してみせるから。本当の美しさを見出せるようになるから。そして、そし て、この街の風景をいつまでも守り続けるから。  こう言ったらおじいちゃんの声が聞こえてきそうだ。

「頑張れよ、いつでも見守っとーぞ。」

vol_20_12_01

2007年2月 佐賀県立美術館での写真展会場にて。自作を解説するカリン・ボルヒハウツ氏

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