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[Vol.18] ニックさんと砂時計の山

2006年10月から2007年3月にかけて、写真プロジェクト「日本に向けられたヨーロッパ人の眼・ジャパントゥデイvol.9」の撮影が鹿児島県で行われました。ニク・イルフォヴァーヌ氏の撮影に協力し、シビウ(ルーマニア)での作品選考会にも参加したジェフリー・アイリッシュ氏からのレポートです。

ジェフリー・アイリッシュ

作家

鹿児島での時間

ルーマニアの写真家ニックさんが、二週間かけてあちこちを歩き回りながら写真を撮るために鹿児島を訪れたのは、去年の十二月。

私は南薩方面でニックさんを案内して回われるように、指宿まで彼を迎えに行った。長い髪の毛を後ろに束ねたニックさんは、大きなリュックを背負って、誰もいない指宿の商店街に立っていた。

これこそシャッター・チャンスと思い、老夫婦が大きな棚に登って大根を掛けている所に車を停めた。誰もが感動する頴娃町の干し大根風景。しかしニックさんはカメラを出そうとはしなかった。

何千本もの大根よりも、ニックさんは開聞岳や綺麗に並ぶ知覧のお茶畑に目がいったようで、広い茶畑の隣で車を停めるように言われた。そして三脚とボックス・カメラを出して、青々とした食パンのような形に刈りとられた茶畑や、その向こうに立つ開聞岳にカメラを向けた。

この日は、石切り場や、自分の住む土喰集落にも連れて行った。ニックさんは小さなカメラで次々と写真を撮った が、なぜかボックス・カメラは出さない。夕方になって、「どこか行きたいところありますか」と聞くと、彼は「あの山が見えるところに戻りたい」と、待って いたかのように言った。

太陽が寝るころ、知覧町の海に着いた。粉々になっていく光の中、静かな海に静かな山。ニックさんは小波が舐め る岩の上に三脚を置き、ボックス・カメラの周りを興奮して踊っている。小さな穴からゆっくりと光が入るボックス・カメラは、イメージがフィルムに焼き付く まで時間がかかる。そこでニックさんはシャッターを切った後、タバコ一本吸い終わるまで待つ。

この時私は東北のお坊さんの話を思い出した。出羽三山の山伏の行の途中、お坊さんが皆の前に座り、ゆっくりと 線香に火を付けた。お坊さんの話が終わったその瞬間、線香も燃えつき、最後の煙を上げた。そのとき初めて、線香は時間を計るためのものだったのだとわかっ た。ニックさんのタバコみたいに。

この話をするとニックさんは、「カメラのシャッターを閉じるタイミングを、ジェフに任せる」と言ったので、私はその瞬間に「今」と応えた。

明くる日、私は川辺の保育園でサンタになる予定だったので、彼も連れていくことにした。ふたりでコッソリと保 育園の勝手口から入ると、なんとサンタの衣装がふたつもあった。私がどちらかを着るようにと、園長先生が置いてくれたのだろう。これを見て、「ニックさん もサンタになる?」と提案すると、彼はニッコリ笑って着替え始めた。ヨーロッパのサンタとアメリカのサンタの特別公開。

百人ほどの園児や親、おばあちゃんたちが騒いでいる部屋に、「ホッホッホー、メリー・クリスマス」と叫びなが ら入った。「トナカイは外で草を食べて休んでいるよ。今日はヨーロッパの方からもサンタが来ているんだよ。日本の子が見たくて連れてきたんだ」と話すと、 子供達は皆納得した表情。それからアメリカのサンタがプレゼントを配り、ヨーロッパのサンタはひとりひとりの子供と目をゆっくり合わせて握手をした。

この後ニックさんを枕崎市に連れていき、商店街の食堂でお別れをした。

vol_18_Nicu_Ilfoveanu

鹿児島県を撮影中のニク・イルフォヴァーヌ

ルーマニアでの時間

次にニックさんに会ったのはルーマニア。シビュウのホテルのエレベーターのドアが開いたとき。枕崎市の食堂からシビュウ市のホテルまで、「どこでもドア」を使った気分。

ルーマニアでニックさんと再会したこの日、彼が鹿児島で撮った写真を初めて見た。その中の一枚は、お坊さんの 線香の話をしている間にニックさんが撮った写真だ。水銀色の海の向こうに、砂時計の砂の形をした開聞岳が立っている。ボックスカメラだからか、夕暮れの銀 やグレー、黒、白、紺色の粉々とした空気が見えている。

四十枚ほどの彼の写真を見て、私は鹿児島の海、空、陸の広さにびっくりした。狭いと考えていた鹿児島の田舎 は、こんなにも広かったのか。過疎化を表現しているのか、写真には人がほとんど登場していない。キャベツを抱えているおじさんが一人のみ。校庭のサッ カー・フィールドも、ゴールが遠くから互いを見つめ合うだけで、子供はいない。

この日、シビュウの古い町を歩き回り、ヨーロッパが初めての妻のサヤカも、ルーマニアが初めての私も、この町 に一目惚れした。古い町の真ん中に位置する「時計の堵」の上まで登ると、昔の屋根が時化た海のように広がる。その向こうには青い農地や、雪化粧した山々。 サヤカとふたりでここにいることを不思議に感じる。

明くる日はかなり早起きして、ニックさんとサヤカと三人で電車に乗り、ルーマニアの首都ブカレストに向った。 広い平地には羊と羊飼い、馬やかなり高くこずんである麦の藁。遠くには雪の積もった山が見える。雨は降ったり止んだり、お日様が電車の進み具合を雲の間か ら覗き込む。

牧草地が林に変わり、電車は山を登って下りる。窓から見える川は綺麗に見えるが、川原の石や木にはゴミがいっぱい引っかかっていた。山の麓は、再び平地、羊、馬にこずん。出発して六時間後に、ブカレストに着いた。

その日の午後は、ニックさんが勧めてくれた「農民博物館」で、船の形をした教会を見た。ルーマニアの田舎から 運んできた実物の教会。大きな木を組み合わせて、金属の釘は一本も使っていない。怖いくらい大きな水車小屋も隣の部屋にあった。昔のルーマニア人も日本人 も、同じような技術に気付いたり、それらを身に付けたりしていたことを学ぶ。

ブカレストは大きな街だが、アジア人はいない。だから皆サヤカのことをじろじろ見ている。日本でじろじろ見られる私は、注目されないで開放された気分。

この日の晩はニックさんの家に泊まった。二人とも絵描きである両親の家が表にあって、裏に小さな中庭と、ニックさんや彫刻家であるお兄さんが使っているもう一つの家があった。

晩も明くる日の朝も、ふたつの家の中庭で簡単な食事を頂いて、ニックさんや彼の家族と話をした。旅先で人の家に呼ばれるほど嬉しいことはない。

ニックさんが空港まで送ってくれた時、サヤカとふたりで彼の軽自動車を見送った。後の窓に彼のサッカー・ボールが見えた。

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シビウ(ルーマニア)で開催された作品選考会
2007年5月8日

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