太古から繋がる海と人の話

紙川千亜妃|アーティスト・展示キュレータ―

2010年から7年近く山内光枝氏の作品を追いかけてきた。山内氏の作品はアジア海域で海とともに生活する人々を丹念にリサーチし、寝食を共にし、言葉を超えたコミュニケーションによって得た経験を基にしている。山内氏の展覧会も日本、そしてリサーチに関連する地域(韓国・フィリピン)での開催が主だった。キプロスのパフォスにいる私からはやや遠い存在であり、彼女の作品の展示に直接関わることがあるとは考えてもいなかった。しかし2017年にパフォスが欧州文化首都のタイトルを得ることになり、この状況が一変することになる。

様々な文化イベントのプロポーザルが集まる中、キュレーターとして日本とパフォスを繋ぐ展示ができないかと思い、一番に山内氏の作品が頭に思い浮かんだ。理由はいくつかあった。山内氏の作品のメインコンセプトは「海と人との営み」。今も昔ながらの方法「素潜り」で漁をし、古代から続く海神への信仰を持ち続ける人々の文化や生活、現代社会における伝統存続の問題などを、山内氏のフィルターを通して作品に仕上げたものである。キプロスは地中海に浮かぶ島国で、海を渡って様々な民族や信仰、文化が入り組み現在に至る長い歴史を持つ国である。そのような歴史を持つ国ではあるが、海の恵みが少なくなり、昔からの方法で漁をする人々や海と共に暮らす人々はとうの昔に絶えてしまっている。そのキプロスで、さらには海沿いの街パフォスで、今も古代の方法で海との営みを続ける人たちの姿を表現する作品、発展と伝統の保守の難しいバランスを考えさせる作品を展示してみたい、というのが一つ目の理由だった。二つ目は、山内氏の作品にあらわれる古代信仰、海神や自然を信仰する話をキプロスの人々にも聞いてもらいたかったこと。キプロスは現在キリスト教がメインの宗教として信仰されているが、古代はギリシャ神話などの多神教、自然信仰があったからだ。三つ目は山内氏にキプロスの海に入ってもらい、アジア海域から一歩出て地中海という違う海を経験してもらうことで、新しい作品が生まれるきっかけになってほしいという期待。

そしてこの私の個人的な思いから発展・実現したのが2017年4月に開催された山内氏の個展である。展示は写真と映像作品、インスタレーションで構成され、山内氏の近年の作品を集約したものであった。

展示の様子

展覧会のオープニングには山内氏本人の他、欧州文化首都パフォス2017チェアマン、イェロスキプゥ市長、在ギリシャ日本大使に駆けつけていただき、同夜の山内氏によるアーティストトークにも、多くの方々が山内氏のアジア諸国のリサーチ秘話に耳を傾けていた。山内氏の作品のシリアスさとは打って変わって、笑いの絶えない逸話がたくさんあった中、特に印象に残ったのは、フィリピンでの話。海が荒れている日に、地元のベテラン漁師たちと漁に出たところ、乗っていた船が転覆、倒壊してしまい、全員が海に投げ出された。いつサメに襲われてもおかしくないという状況下で、漁師たちは必死に壊れた船の部品を集めた。一つ一つの部品が手作りで、それがなくなると別の部品を買う金もない。船は全財産であり、命よりも大切なのかもしれない。そんな状況から奇跡的に救助されても、地元の人達は特に驚かなかったという。それほど、自然の厳しさは身近で、生死も身近にある。それが海と共に生きるということだと実感したらしい。

また、日本で今も主に女性によって続けられている「海女漁」に言及した際、一人のアーティストとして、そして女性として、この絶えつつある伝統を伝えていきたい、と力強く語っていたのも印象的であった。

キプロスでの展示前に、山内氏はパフォスのアフロディーテ神話にある海と生命誕生の関係性や、地中海の古代海洋文明ミノアにあった海神とアジア海域で信仰されている海神の共通点を探るという新しい作品制作の方向性を見出したという。私が展覧会を企画した際に期待したことが、現実になろうとしていることに嬉しさを感じた。

今回パフォスに滞在中、山内氏は世界遺産の遺跡や博物館を訪れ、また海にも入った。パフォス沖合で誕生した女神アフロディーテにまつわる遺跡を重点的に見て回り、今後の作品へのインスピレーションを得られたようであった。今回のリサーチを基にし、キプロスや地中海の神話や海に関連する作品たちが日本で展示される機会があること期待する。またキュレーターとして、地中海文明や神話とアジア海域の共通性を表現した作品をまたキプロスで発表できる機会があればと願う。

私はこれまでキプロスで6年ほど展覧会の企画・展示に携わってきたが、今回の展示で驚いたことがあった。それは毎日3時間という短い展示時間に加え、決してアクセスの良い展示会場ではなかったにも関わらず、会期中の1か月間毎日鑑賞者が訪れたことである。パフォスの観光の中心地にある展示会場ではなかったため、この展覧会を見たいと思ってわざわざ足を運んでくれた方々である。会期中、会期後も山内氏の展覧会に関するコメントをたびたびいただいた。展覧会企画者としてこんなに嬉しいことはなかった。

最後に本展覧会をあらゆる面でサポートしていただいた方々、そして展覧会期中ご協力いただいたボランティアスタッフの方々に深く感謝したい。