『unfold』を紐解く

レズリー・テイカー|FACTキュレーター/プロデューサー

黒川良一:unfold

黒川良一氏は、音響と映像を用いて驚異的な建築的瞬間および動きを創り出し、それらが鑑賞者の知覚や鑑賞位置と戯れます。作品『unfold』において、黒川氏はこの手法をとりながら、感覚、体験、瞬間、美学に重きを置いた共感覚的な没入型オーディオビジュアル体験を生み出しました。

FACTは創設以来、技術とアートを一体化する可能性を模索して参りました。FACTとしては黒川氏との協働を長年望んでいた経緯もあり、このプロジェクトが我々のプログラム作りとアイデンティティの中核をなすテーマを織り混ぜながら協力を実現する最良の機会をもたらしたのです。私達の取り組みの大部分に多岐にわたる科学的実験、研究ならびに方法論に関する調査研究が含まれており、これによりテクノロジーによって拡張された人生がどのように見え感じられるかといった可能性を探究しています。 過去の取り組みには、バイオアートのパフォーマンスからインスタレーションまで、幅広いメディアを用いた委託作品が含まれます。FACTが委託制作の初期段階から最終展示に至るまで、『unfold (2016)』に大幅に関与できたことを幸運に思います。

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『unfold (2016)』のコンセプトは、黒川氏が長年取り組んできたもので、いろいろな意味で『syn_ (2013)』や『constrained surface (2015)』、『oscillating continuum (2013)』といった過去の一連の作品から生じたものといえます。黒川氏は長年にわたりパフォーマンス、インスタレーション、映像作品を含んだ様々なメディアを通じて、自然界とそこに内在する科学的構造を探究し続けています。こうした点で『unfold 』(2016)は、自らの制作活動に関わる探究においてのごく自然な「次なるステップ」であり、音響と映像を継ぎ目なく統合し共感覚的体験をもたらしただけに留まらず、作品に顕在する世界すなわちアートと科学を融合させたのです。この特殊なプロジェクトにより、黒川氏とフランス・ナント拠点の技術革新研究の中心的存在といえるフランス原子力庁サクレー研究所との連携が実現し、作家にこれまでに例のなかった過去の未解析データの使用が認められました。

またFACTでは、昨年完成した黒川氏の旧作『constrained surface』の展示を併せて行いました。この作品は、光と音響の融合から生まれる純粋な共感覚的反応を刺激するものです。黒川氏は以前、自身の作品は「意味」以上に「感覚」を伝え、美学的期待をもてあそぶことを試みている、と述べていました。ほぼ不可能ともいえる構造のこの彫刻的作品は、光と色と音と動きをひとつにした迫力とインパクト溢れる実験的インスタレーションです。『constrained surface (2015)』は、黒川氏の制作活動の枠組みにおけるテクノロジーの活用手法を余すところなく物語っています。作品の具現化に、デジタルな手法やツールに加え、新進の商業用技術を駆使しながらも、作品に込められた表現がテクノロジーそのものの影で薄くならないよう徹底しています。黒川氏の取り組みは、テクノロジー自体を見せるというよりむしろ、テクノロジーを活かし続けることにあるのです。007

本展を取り巻く一般向けプログラムが、黒川氏のプロジェクトへの多角的なアプローチを可能にしました。これには幅広い多彩なワークショップ、イベント、映画上映、さらには黒川良一氏と天体物理学者で当プロジェクトのアドバイザーを務めたヴィンセント・ミニエ氏による対談が盛り込まれ、作品の背景となる科学の神秘の一部が紐解かれる糸口となりました。また共感覚をさらに深く探るため、数々のパフォーマンスやイベントを実施し、これには絵画セッション、家族で楽しめる天体物理学研究、星の一生が観察できるコンピュータープログラムの展示などを取り入れたファミリー向けプログラム「Do Something Saturday!」も含まれました。こうした活動はFACT内外で催され、リバプールの音楽フェスティバル「サウンド・シティ」、リバプール・フィルハーモニック・ホール、地元ライブハウスのザ・ジャカランダで展開されたライブパフォーマンス、映写会およびイベントでも、より幅広い観客に黒川良一氏の作品に触れ合い、反応してもらいました。また『unfold』が韓国の直指フェスティバル、フランスのスコピトーン・フェスティバル、オーストリアのアルス・エレクトロニカでも披露されることを私達は大変誇りに感じています。

その道のりはチャレンジ性に富んだ興味深いもので、これほどまでに科学の分野に深く根差した作品と関わり合える類稀な機会となりました。このプロジェクトのおかげで、黒川氏に代表される作家達が探究および表現に取り組み、私個人としても長年関心を抱いていた領域を調査する機会に恵まれました。『unfold (2016)』のような作品は、かなり縁遠く複雑と思われがちな発想に全く新しい観客が親しむことを可能にし、人々の想像力や感覚を捉え、ときにとうてい到達不可能と思えるような世界へと人々を誘います。またこのような作品は、分野横断的な取り組みを行う科学研究施設や学術部門にとって、新たな関心領域の発見および創出、さらには新しい観客の発掘につながる刺激的な好機であることが実証されています。私達は、『unfold (2016)』の初公開を迎えたことはもちろん、より幅広いネットワークで結ばれた我々の同志達とともに作品が与える影響、意義そして背景の探究に乗り出せたことに大変感激しています。これらの同志とは、芸術関係者だけでなく、地元大学の理学部ならびに市内を拠点に、難解かつ畏怖の念を起こさせる私達の頭上の世界に秘められた概念を少しでも身近なものにする取り組みに尽力する人達です。001