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| 感想文/広島グループ(教員) |
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| 世界文化遺産と未来・国際青少年ミーティングオーストリア・GRAZ2003 報告書 |
| 篠原 收 |
「グラーツ原爆展」は、6月6日にユネスコ代表者などの臨席で、「オープニング・セレモニー」がもたれ、26日まで開催されました。 BHAKグラーツバッハゲッセ高校と広島女学院高校・大学との共催プロジェクトとして、広島平和記念資料館の資料提供などの協力で実現しました。 展示準備、配布用パンフレット作成などは、BHAKグラーツバッハゲッセ高校の「国際ビジネス」クラスの学生が担当しました。
「世界文化遺産と未来・国際青少年ミーティング」の中のプログラムのひとつとして、6月13日の午前中に実施された「ワークショップ」は、参加者一同で平和への祈りを込め、「折り鶴」を作成することからスタートしました。 参加者は、BHAKグラーツバッハゲッセ高校と広島女学院高校以外にも、ロシア(セントペテロスブルグ)、スペイン(カタロニア)、イタリア(シチリア)、ハンガリー、クロアチアからの高校生、教員、総勢約40名でした。
「折り鶴」に続いて、広島女学院高校生2名から約30分間のプレゼンテーションがあり、原爆ドームの紹介、世界文化遺産登録の経緯、さらには被爆の実相、「ヒロシマの心」と反戦平和運動、核兵器廃絶運動などについての報告がなされました。 パワーポイントを使い、自分たちで撮影した原爆ドーム、ピース・リボンで原爆ドームを囲む反戦平和集会の様子、広島の街の様子などが写真で映されました。
プレゼンテーションの後、「原爆展」の展示会場に場所を移し、全員でビデオ「ヒロシマの母の祈り」(30分)を鑑賞後、展示してあるポスター写真を参加者がそれぞれに見て回わりました。 展示会場には、広島平和記念資料館提供の「原爆展用ポスター写真」以外にも、日本文化を紹介するミニコーナーが、スポーツや食生活などテーマ別に設置されており、それぞれに担当学生が質問に答えていました。 展示品は、知人・友人などの親から借用、収集したとのことで、準備の周到さが感じられました。
また、平和の象徴として、大小様々な「折り鶴」が天井から吊り下げられ、会場を装飾していたことが印象的でした。「原爆展」用の宣伝用パンフレット、ポスターの他に、来場者用の解説パンフレットがドイツ語、英語で用意されていました。パフレットに使用されていた写真の中には、ビデオから撮られたものもあるなど、かなりの工夫がなされたものでした。
「ワークショップ」の最後には、参加者全員で折った「折り鶴」でかたどった「ピースマーク」のポスターを作製し、「ピースマーク」の周囲に参加校の学校名を記入し、それぞれに参加者全員で署名しました。 このポスターは、「世界文化遺産と未来・国際青少年ミーティング」の全体会場に展示された後、BHAKグラーツバッハゲッセ高校の正面玄関入り口に期間中展示されていました。スペイン、イタリアからの参加校引率教員の中には、「原爆展」開催に意欲を示した者もいました。
高校生を主体とした国際交流プログラムとしては、成功裡に終了したものと思いました。「世界文化遺産」を切り口としたことで、国際交流の「共通」テーマとはなったのですが、全体会にしても、ワークショップについても、「未来」への展望を議論するといったような「課題」テーマとまではならなかったのが残念です。会議の共通語は英語であり、参加学生の語学力のバラツキからしても、「議論する」には運営が難しいものになると思われました。
終了してみると現地の事情について納得するのですが、より詳細なスケジュールを事前に知ることができれば、様々な「不安」が多少とも解消されていたのではないでしょうか。しかし、日本からの参加グループはそれぞれに、短時間とはいえ、できる限りの準備をして臨んでいたように思います。他国からの中には、プレゼンテーションをするのでもなく、「お客様」に終始したグループもありました。
「世界文化遺産」をテーマとした国際交流プログラムは、ヨーロッパという「地の利」を生かしたものであり、16カ国・24校・170名という数多くの高校生が海外から集うことができたのではないでしょうか。EU自体が内に抱える文化・民族・習慣などの「多様性」をお互いに尊重しあいながら、EUとしてひとつになっていこうとする姿を垣間見ることができました。学ぶべきものの多い、「多様性プログラム」でもありました。
以 上(しのはら・おさむ/広島女学院大学教授) |
| 感想文/広島グループ(生徒) |
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| 篠原 舞 |
グラーツから帰ってきて、次の日には現実的な生活に戻り、友人たちに話をする時にだけ、「あぁ、ちゃんと行って来たんだなぁ」と思う。まだ帰国してから一週間も経っていないのにも関らず。夏休みに入れば、落ち着いて、ゆっくりと、グラーツでの一週間あまりの思い出に浸れるのかもしれない。そういう意味でこの感想文は、まだ日の浅い新鮮な記憶を私に思い起こさせてくれるものになるだろう。
日本での生活とオーストリアでの生活リズムのあまりの違いから、一週間前に本当に自分たちはあの美しいヨーロッパの街にいたのだろうかと思ってしまう。夢ではなかったかと。それはヨーロッパから帰ってきた旅行者の多くの人が感じるものではないか。オーストリアのグラーツ、それは私が生まれて初めて訪れたヨーロッパだった。街はとてもきれいで、美しく、建物の古さ、彫刻の素晴らしさに目と心を奪われるばかりだった。雑誌でよく見る、ヨーロッパ独特の建築物が目の前にある。その事実だけでも私は感動した。グラーツの町はとてもユニークだと思う。芸術の街で、古いものと新しいものがうまく混ざり合っていて、そこに住んでいる人びともゆったりとしている。街の片隅で演奏している人たちの音色を聞きながら、この美しい街、グラーツの風景を眺める。これが贅沢というものなのだなと、しみじみと思ったものだった。
その街に住んでいる私たちと同じ年代の子どもたちも、個性に富んでいた。日本人の若者もとてもファッショナブルだけれども、彼らも負けじと自分に似合ったものをよく着こなしている。これも芸術と文化の街に刺激されて育ってきたからかなと思ったりした。
さて、そんな街、グラーツで行われた「世界文化遺産と未来・国際青少年ミーティング」に、今回広島からの高校生代表として参加した。「代表」と言うのは自分的にとてもおおげさで、その度にプレッシャーを感じるものだが、はたから見ればやはりそういう風になるのかもしれないと思い、たかをくくることにした。どうしてこの言葉に反応するかといえば、そもそもグラーツに行ける事になったのも、半ば偶然によるものだったからだ。私の父に初めこの話がやってきた。その時はまだ中身がよくわからなく、父は大学生が参加するものだと思っていた。そしていざグラーツの先生たちに会って詳しい話を聞いてみると、高校生が参加するものらしいとわかった。そこで、ちょうど娘の私が高校生だったので、私が参加することに話が決まったのだ。他県から参加することになった高校生たちは、何人かの中から少なからず選ばれた人たちであろうと予測がついたため、自分で本当にいいのだろうかと言う不安はあった。しかし、その分、恥じないようにやるだけのことはやろうと決心がついたことも確かだ。
私たち広島グループのプレゼンは、「世界文化遺産・原爆ドーム」である。この重いテーマが、私の不安の後押しをしたことは言うまでもない。私はそれなりの原爆への思いと、平和への願いの気持ちはあった。私の通っている学校でも平和を学び、大事にしている。それなりのことを言える自信はあったけれど、悩まされたことは、あくまで原爆ドームに焦点を置くという視点で考えていくこと、また今の世の中との折り合いであった。
春休みの間に資料を集め、読み、平和集会・デモに参加し、人から話を聞く、そして自分で色々と考えていった。新しい年度が始まり学校の方が忙しくなっていく間も、常にいつも「プレゼン」という言葉が頭に浮かび、忙しさにおされ、思うように準備も進まないことから苛立ちが募るようになっていった。そんな私を助けてくれたのはクラスメートであり、一緒にグラーツへ行った吉田さんであった。しかし、結局他のことに追われつづけた私たちは、中間テストが終った、出発の2週間前にドタバタやるはめになった。二人で毎日夜更かしをしてがんばった。
英語科の先生には、私たちの不器用な英語を幾度となくていねいに添削してもらい、本当に感謝している。先生無くして、プレゼンの発表は完成していなかった。いい発表をしよう、みんなに平和について考えてもらおう、自分たちのことを本当に理解してもらえなくても、平和を考えるきっかけになればいいじゃないかという気持ちで進めていった。7ページにもわたる、少し(いや、かなり)高校生には退屈になるかもしれない原稿が完成したのは出発の前日だった。
「本当にいいものができたね。がんばって伝えておいで。」
という先生の言葉は忘れられない。
私たちの汗と涙のプレゼン発表を50人前後の同世代の男女が聞いてくれた。原爆を歴史として知っている程度の、原子爆弾については第三者的存在の人たちであった。(オーストリアだけでなく、ロシア、スペイン、クロアチア、ハンガリー、イタリアなどからの学生たちだった。)
今回の原稿はこうした第三者の人たちに聞いてほしい内容だったので、よかった。発表している時、普段なれないプレゼンで彼らの反応を、余裕を持って観察することはできなかったけれど、約30分に及ぶ発表も、みんな真剣に聞き取り、理解しようとしてくれているのがわかったのでとてもうれしかった。その後、広島市平和記念資料館から送られていた「母たちの祈り」(英語版)のビデオ映画を見た。映像で見る残虐なシーンに目を覆いつつも、最後には私たちに、”I
was moved”と神妙に言ってきた男の子がいた。私たちの受け入れ校の学生も、よく日本のことや、原爆のことについて調べていて、少なからずそこにいた同年代の子みんな、この重いテーマにふれ、平和について真剣に考えてくれたことを願う。
今回は国際交流ということで、16カ国、主にはヨーロッパの国々からたくさんの高校生が来て、話をして、友だちになって・・・、一言で、本当に楽しかった! 日本での学校の勉強など、心配もあったけれど、本当に行って良かった。
ホストファミリーもとても暖かい、親切な家族であった。とりわけ受け入れ校の学生であるホストシスターは、一週間べったりの生活にもかかわらず本当によくしてくれた。文化の違いに、お互いどうしようか戸惑っていたけれど、それも初めのうちだけで、最後は本当にこの家に住みついてしまいたいと心から願った。彼女の多くの友人たちもみんな気のいい仲間で、楽しい時間を過ごすことができた。スペインの子たちとも仲良くなり、お互いいつか絶対に遊びに行くと誓って別れた。別れは悲しみが尽きないけれど、インターネットで連絡が簡単にとりあえる時代でうれしい。異国の地で、また新しい大事な友だちに出会えた。
このように、いいこと尽くしの旅に行くことができるチャンスをくださったEU ジャパンの方々には本当に感謝している。もし、父の知人に話がいかなかったら、もしその知人が大学生の行く交流会だと勘違いせずに、別の高校教師に話をしていたら、と思うと貴重なチャンスをいただいたことに感謝、感謝である。十代の若いうちに、色々な国々の同年代の人たちと交流することは、いい経験であり、刺激になった。私はグラーツへ行ったことで、これからを生きる私たちは、歴史をちゃんと勉強する必要性と、遺産や文化を大切にしつつ、さらに良い世界を創っていく必要があると気づいた。そして、平和の大切さを伝えていった中で、原爆ドームを必要のなくなるその日まで大切に守っていき、原爆ドームの示す意味を、世界へ発信し続ける必要性があると改めて思い知らされた。
…最後に、古木さん、川原さんをはじめ、EUジャパンフェストの方々には本当に感謝しています。ありがとうございました!
(しのはら・まい/広島女学院高等学校) |
| 感想文/広島グループ(生徒) |
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| 吉田 紗貴子 |
今回私が、グラーツでのユースミーティングに参加して得たものは、たくさんありました。そして、その中での大きな2つを私の感想文として提出したいと思います。
はじめに、今回広島からの参加ということで、プレゼンテーションの内容は「原爆ドーム」についてでした。単に原爆ドームを紹介するのではなく、どうして世界遺産となったか、そして今現在はどうなっているのか、と原爆ドームを通しての平和学習でした。グラーツに行った1週間だけでなく準備期間、この学習期間も合わせて、今回のユースミーティングの参加期間だと私は考えています。平日は学校ということもあり、資料集めやまとめ、特に発表するときの英訳などはあまり順調に進まず、最後になってあわてたこともありましたが、なんとか無事完成しました。完璧とはいえるかどうかはわかりませんが、一生懸命考えて、努力したという自信はあります。小学校から今までおこなってきた平和学習からの積み重ねという部分もあり、今回調べていて新しく知ったこと、考えたこともいろいろありました。行く前にまず私が心配というか、まったくわからなかったのが、広島長崎の原爆という話に対するヨーロッパの態度でした。日本とも、アメリカとも違う第三者としての人が、そして私たちが話す相手が高校生ということで、わかりませんでした。
私たちがこのプレゼンテーションをしたのは3日目の13日、金曜日でした。平和公園やその周辺で撮影した街の風景などを映しながらの発表でした。発表時間は約30分かかり、長々と読んで反省すべき点も多々ありましたが、みんな真剣に聞いてくれました。その学校の生徒は事前に日本や原爆のことを調べていて、基礎知識があり進めやすかったように思います。発表に関しては、もっと短くわかりやすく、そして読み込みが足りなかったという反省点が残りました。その後は広島の資料館の、ヒロシマ・母たちの祈りというビデオを見ました。私もこれを見るのは初めてで、悲惨な場面が多々ありました。見終わった後、スペイン人の女の子が“That
was beautiful”と言ってくれました。最初は、beautifulという言葉に違和感を覚えましたが、確かに、そうとしか言いようのない部分もあったように思います。何かを感じてくれて、うれしかったです。私たちのプレゼンテーションが、自分自身がそのことを深く考える機会を与えただけでなく、聞いてくれたひとにも考えてくれる、そのきっかけだけでもあたえられたら、成功したと考えていいと思っています。今回参加して、青少年ミーティングは終了してしまいましたが、原爆のことを伝える、考えるということは終わりにしたくないし、してはいけない、してほしくないと思います。
そして2つ目は、同じ高校生の、しかし文化の違う外国人と一緒にこのミーティングに参加し、友達となれたことです。普段はあまりかかわることが無い、異文化から来た人たちと一週間過ごせたというのは貴重な体験でした。日本のことを伝えたり、それぞれの国のことを教えてもらったりしただけではなく、普通に友達として喋れたのがなにより感動したことでした。一緒に楽しい時間をすごせて幸せでした。一緒に市内を観光したり、パーティーに参加したりできました。一週間で別れなければいけないというのがとても悲しかったです。そう簡単にあえる距離ではないけれど、メールは続けていきたいし、決して忘れません。
最後に、私は今回のことに関してたくさんの人に感謝しなければなりません。ホストファミリーを引き受けてくれた家族、現地の高校、友達となって楽しい時間をすごせた外国の友達、機会を与えてくれたEUジャパン、そして一緒に行った篠原舞さんと引率の篠原先生です。おかげで、私はとても有意義で心に残る、そして無事に旅を終えることができました。ありがとうございました。
(よしだ・さきこ/広島女学院高等学校) |
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