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濱淵真弓(はまぶち・まゆみ)

アイルランドの写真事情に触れて

−日欧写真学芸員交流プログラムの報告−
濱淵真弓(はまぶち・まゆみ)
(岩手県立美術館学芸員)



はじめに


 写真プロジェクト「日本に向けられたヨーロッパ人の眼」に関連し、ヨーロッパ人写真家が日本で撮影した写真から展覧会出品作品を選考する会議に参加し、さらにはアイルランド島を中心に写真に関連した施設などを視察する機会をいただいた。本稿では簡単にその報告をしたい。


出品作品の選考会


 2月3日、アイルランド・コークで、プロジェクト参加の写真家のうちイェトカ・ハンズロヴァ氏を除く3名の写真家のプレゼンテーションと作品の選考が行われた。

ファレル氏のプレゼンテーション
ファレル氏のプレゼンテーション

 岩手県を撮影したデイヴィッド・ファレル氏は、自らが抽出した30点程の作品をデジタルの普通紙出力で提示した。彼は岩手で感じた「個人と集団」「わびさび」といったミステリアスな日本文化の一面を、日常の一コマ一コマを切取り再構成することで表現したいとのこと。土地で出会った人々のポートレートや雄大な自然の風景から、街路樹、古びたコンクリートの壁、旅で使った手描きの地図まで、そのモチーフは多岐に渡る。さらに彼はポートレートと、その人物にリンクした(またはその人物を暗示させるような)風景写真とで2枚1組のセットにし、数組を展示するという見せ方を提案した。この場では作品の最終決定にまで至らなかったものの、実際の展示では、数組の写真とそこに流れるコンセプトやストーリーによって、見るものを彼の意識の旅へと誘ってくれるのだろう。これまで、政治的、宗教的で重厚なコンセプトに基づいて作品を制作してきたファレル氏が、岩手においてどのような視点を見せてくれるのかが楽しみである。


関連施設の視察


写真教育現場を実見して(ダン・レアリー)

 2月6日から11日までは、アイルランド島内にある写真関連施設を中心に視察を行った。2005年の欧州文化首都がアイルランドにある関係で、本プロジェクトには同国からファレル氏、マクグラス氏の2名の写真家が選出された。彼らのような写真家を育てる生の現場を実見したかったため、ファレル氏が教鞭を取るダブリン近郊のDun Laoghaire Institute of Art, Design and Technology(以下IADT)を訪ねた。アイルランドでの公的な写真の専門教育機関は主に、このIADTとDublin Institute of Technology(以下DIT)の二つで、IADTでは実践的な技術を初年度からしっかり教え込むことを方針としており、その点では理論を中心とした教育に重点を置くDITと異にしているらしい。私が拝見したファレル氏の授業もまさにその実技講習で、20名程度のBAコース1年生を対象にした、カメラの露出やフラッシュの使い方についての講義だった。彼のクラスでは、学生のリラックスした雰囲気、教師と学生との積極的なコミュニケーションが印象的であった。 また、アマチュア写真家としての経験を積んだ年配の学生の姿もあり、時間外でもカメラを手にした学生がファレル氏を捕まえあれこれアドバイスを求めていた。学校の規模は予想に反してこじんまりしており、写真担当の教師陣もわずか4名とのことだったが、教師と学生とのコミュニケーションと実技教育の充実ぶりが十分に伺えた。

ファレル氏の授業の一コマ
ファレル氏の授業の一コマ

 ダブリンでは他に、ファレル氏の案内でギャラリー・オブ・フォトグラフィー、テンプル・バー・ギャラリー、アイルランド現代美術館などを訪問し、CCE (アイルランド音楽家協会)の方のはからいで、アイルランド伝統音楽のコンサートを拝聴したことも加えておく。

アイルランド写真事情をきく(ベルファスト)

 ベルファストでは、北アイルランド唯一の写真専門のギャラリーとして貴重な存在であるベルファスト・エクスポーズドを訪ね、ファレル氏を本プロジェクトに推薦したキュレーター、カレン・ダウニー氏から直接アイルランドの現代写真事情を伺うことができた。また、彼女のご紹介で写真専門誌『ソース』の事務所も訪問した。『ソース』は1992年に創刊したアイルランド島発行の唯一の写真誌であり、南北両アイルランドにおいて写真の貴重な情報源になっているという。創刊当初は島内の写真家の紹介が中心であったが、現在ではイギリス本国、ヨーロッパ…と規模を拡張しつつある。筆者が今回訪ねて驚いたのは、内容の充実ぶりに反して、小さなオフィスでたった2人のスタッフにより運営されていることである。その1人、ジョン・ダンカン氏は自らも写真家であるが、掲載する写真家のセレクトや調整、展覧会(ソースは展覧会のプロデュ−スも行う)の企画まで担当しているとのこと。彼らのパワフルさには全く感服した。

『ソース』の事務所にて写真集を中心に充実した蔵書。右はダンカン氏。
『ソース』の事務所にて
写真集を中心に充実した蔵書。右はダンカン氏。

 ダウニー氏やダンカン氏から現在活躍するアイルランドの写真家について、多くの書籍を拝見しながら話を伺ったが、アイルランドではウィリー・ドハーティ、ポール・シーライトを始め、マーク・カーラン、アーシュラ・バークス、ドノヴァン・ウィリーといった多くの写真家が活躍中とのこと。中でも私には、ファレル氏のように政治的、宗教的、社会的なコンセプトで見せる写真家が多く、造形的要素を重視する系統(ファレル氏の言葉を借りれば「インスタレーション系」)の写真家は日本や他国に比較し少ないように見受けられた。国の歴史的、政治的背景からすると当然なのかもしれないが。


まとめ


 本プログラムでは、教育現場から写真家、また彼らの作品を扱うギャラリーや雑誌社において、まだ日本では情報が乏しいアイルランドのアクチュアルな写真事情を垣間見るという貴重な体験ができた。限られた施設や情報源ながらも、アイルランドではしっかりとしたコンセプトの高質の写真が輩出している印象を受けた。

 また、本写真プロジェクトではコミッション、セレクトの作業期間が非常に限られており参加した写真家たちの苦労がひしひしと伝わってきた。作品に込められたコンセプトが日本とヨーロッパの鑑賞者にうまく伝わることを願っている。

 最後に、この機会を与えてくださったEU・ジャパンフェスト日本委員会の方々をはじめ、関係者各位に感謝いたします。

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