2010年07月20日(火)
出張先のリトアニアで、訃報を知った。
早川さんは、長年に渡り、自力で若いオペラ歌手を支援し、世に出す活動を続けられていた。
1991年には、千代田区岩本町に日本初のオペラサロン「トナカイ」を開設。
ここでは、毎晩、音楽ファンが集まり、おなじみの歌曲の熱唱を楽しんでいるが、いつも客席奥には静かに耳を傾けている早川さんの姿があった。
私が、初めて早川さんにお目にかかったのは、1997年、企業メセナ協議会のフランス視察旅行に同行させていただいたときのこと。
参加メンバーのほとんどは、各企業のメセナ担当の方であったが、
その中にあって、オペラ歌手の育成と支援を事業として取り組んでおられる早川さんは異色の存在だった。
「市民の盛り上がりが文化には不可欠」というのが持論で、その理念を日常の活動で実践されている早川さんの生きざまに大きな刺激を受けた。
最後にお目にかかったのは、今年の3月、企業メセナ協議会のセミナーだった。
テーマは「どのようにして、市民の寄付文化を日本に根付かせるか」であったが、満場の会場のなかにあって、存在感あふれる早川さんの発言には強い信念、情熱そして日常の活動に裏打ちされた力強さ、エネルギーが
満ちていた。
遠くリトアニアで訃報に接して、ふとサムエル・ウルマンの「青春の詩」の一節が浮かんできた。
青春 とは人生のある期間をいうのではなく、心の様相をいうのだ。
優れた創造力、たくましき意志、炎ゆる情熱、・・・・(中略)
こういう様相を青春というのだ。
年を重ねただけでは人は老いない。
理想を失うときに初めて老いがくる。・・・・(中略)
歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。
人は信念とともに若く、疑惑とともに老いる。
人は自信とともに若く、恐怖とともに老いる。
希望ある限り若く、失望とともに老い朽ちる。
早川さんの訃報に接して、初めて実際の年齢を知った。
彼は理想を追いかけ、生涯最後まで
疾走されたのだと思う。享年81歳だった。
合掌。
オペラサロン「トナカイ」ウェブサイト:http://www.opera.co.jp/
事務局長 古木 修治