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「世界に立つ〜グローバルな視点〜」

谷口 奎文さん
(唐津市 加唐中学校 3年生)




−佐賀という地に立つ
日本という地に立つ
ベルギーという地に立つ
ヨーロッパという地に立つ
…「世界」に立つ−



 アジア系の人々より、ヨーロッパ系の人々が圧倒的に多い街、見上げるばかりの人々が数えきれない程歩いている街、日本の“家”思想と正反対の“個人主義”の思想が確立している街…なのに、どこか懐かしい、どこか日本に似たものを感じる―そんな心境だった。僕は、はじめに書いた言葉を頭の中で思い描いていた。


「−“世界に立つ”とは−?」


 この疑問を僕は暫く解消できなかった。観光客に親切な店員。挨拶をしたら必ず笑顔で返してくれる地元民。英語が分らなくてもジェスチャーで一所懸命行き先を教えてくれようとする女性。ブラッセルで過ごした時間は、とても穏やかで、楽しいものだった。だから、日に日に飛行機の中で思った疑問について、あまり考えないようになってしまった。

 しかし、三日目−古木さんからおすすめして頂いた、「イーペル」に行ったことを機に、その疑問について深く考えるようになり、それの答えも出た。その答えは−「世界に立つこと」の答えは、「グローバルな視点、そして自国の文化に誇りを持つこと」だ。これに気づくきっかけとなったのが、「戦争博物館」そして、「戦没者の名が刻みこまれた橋」だ。

 ベルギー人の想い−「彼らは自国の為に戦って死んでいった英雄だ。そしてそんな彼らを我が国はないがしろにしてはいけない。それと同時に、一刻も早く街を復興し、彼らが命がけで守ろうとしたこの国をたてなおさなければならない。自国を破壊した相手国とも、今は協力しなければならない時だ。グローバルな視点でものを見、EU―欧州連合の名の下に過去のことも踏まえながらも他国に劣る事のない、立派な共同体を作る為に集まろう。」−二つの建物からこのようなベルギー人の誇りが見えた。そこには、右翼も左翼もなかった。それらを超越したものがあり、ただ、ひっそりと佇んでいた。「一国民として当たり前の感情」だった。

 この事から、僕は日本でいう戦争博物館−つまり遊就館を思い出した。左翼の人々が毎年毎年首相の参拝が公的か私的かを問題視している。「政教分離」に反すると言っているのをよく聞く。遊就館の展示物にまでクレームをつけ、文章の書きかえをさせたりもしている。−これらの事実を知り、僕が思ったこと、それは、戦前の者達の思いが分かっていないから、国民がプライドを持てないのではないかということだ。イーペルでは道端にゴミが1つも落ちていなかった。これは、イーペルに住む住民が、自分の街に誇りを持っているからだ。プライドはモラルの面にも大きく影響してくる。近年、日本人のモラルの低下が問題視されているが、このせいではないかと僕は考える。

 日本はもっと戦前の者達に対しての見方を考え直すべきではないかと思う。それが、真のグローバル化−つまり、「世界に立つ」事につながるのだから。

 最後に、このようなことに気づかせて下さった事務局長の古木さん。そして、箱田さんをはじめとする事務局内の方々。EUジャパンフェスト委員会の全ての方々にお礼を言いたい。本当に有難うございました。




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